幕間 京の騒乱
効果付きの武器の入手が限定されていた頃。武士たちは武器に飢えていた。亡者のごとく手に入れている上位陣を闇討ちするものが現れたり、そうして手に入れたものを奪うハイエナたちがいたり、それらを恐れ質屋に預けられたものが盗まれたり。世は混沌に満ちていた。
武器は一つだけお気に入りとして登録し、死亡時に失うことを防ぐことが可能である。だから、効果付きの武器を持っているプレイヤーは必ずお気に入りに登録している。効果付きのものを何個を持っているプレイヤーは稀だ。だからこそ、争いが激しくなっていた。
「俺も効果付きの武器が欲しい」
モブ男もそうした持たざる者の一人だった。隣を歩くモブ子が「モブには要らねえよ」と吐き捨てる。
「そうかもしれないけど! でも欲しい! ある方が良い!」
「そうだけど。……わがまま言うな。どうせ無理なんだから」
「悲しくなること言うなよ。あ、あの人は確か持ってるよな? 言ったらくれないかな」
「そんなわけないって分かってるだろ?」
モブ子は呆れたように言った。
「効果付きの武器くーださい!」
「誰?」
声をかけられたAsahiは困惑して聞く。モブ子は「知らない人に迷惑をかけるな!」とモブ男の足を踏みつけた。モブ男が痛がりながらも自己紹介をすると、Asahiは少し興味を示した。
「んー。二人組? 仲良いの?」
モブ男が頷くとAsahiは悪い笑みを浮かべて持っている刀を差し出した。
「あげる」
モブ男が恐る恐る武器を受け取る。彼はすぐに能力を確認する。そしてすぐに「本物だ!」と叫んでしまった。
「え? み、見せろよ!」
「良いけど、登録してからな?」
冷静にウィンドウを開き操作するモブ男の右腕が宙を舞った。モブ男は右腕を押さえながらモブ子を睨みつける。
「要らねえって言ったよな!?」
「無理だって言っただけですぅ!」
モブ子はゲス顔で落ちた剣を奪い取りその場で登録を始める。モブ男が殴ったり蹴ったりと妨害するが気にせず続ける。
「それは俺のもんだぞ!」
「あの人は『あげる』とは言ったけど、どっちにとは言ってない。つまりこれの所有権はこちらにもある!」
「ねえよ! 返せ!」
二人はヒートアップして周りが見えなくなっていた。彼らが言い争っていううちに、この状況を作り上げた本人は民家の上に上がり、それを観戦していた。
突如として、言い争う二人の間に突然爆竹が入り込んだ。二人が気がついた時には、もう逃げられなかった。
「……爆竹は正義」
爆竹を投げ込んだはぐるまは、満足げに爆心地に残った刀を拾い上げ、二人のドロップのうち金だけを取ったあと、路地に入る。ハイエナに邪魔されないためだ。彼はモブ男とモブ子の二の舞になることを避けたはずだったが、彼に運はなかった。
「ドロップアイテムごと寄越せや!」
偶然入ったそこに他のプレイヤーが居たのだ。そのプレイヤーははぐるまが持つ武器に効果があるなど知らなかった。ただ、縄張りに入ったプレイヤーを狩ろうとしただけだった。
彼は先ほど拾った刀で応戦する。彼らの実力はほぼ互角だったが、武器の性能が勝負を分けた。
武器の能力は「倭人特攻」。プレイヤーを含めてこの国の住民への攻撃力が増加する。この刀は互いに致命傷を与えきれない同格との戦いで猛威を振るうのだ。
「能力持ちの武器か! くそっ……!」
倒れる寸前に男は叫んだ。それは悔しさから出た言葉でもあったが……一番の目的は嫌がらせだった。
はぐるまは彼の意図を正確に理解し、急いでこの場を離れようとするが遅かった。彼は弱くはないが他を圧倒できるほど強くもなかった。だから彼は逃走という選択肢を選んだのだが……。
「武器が逃げたぞ! 追え! まずは奴を殺して、その後武器をかけて戦おう!」
プレイヤーたちは無駄に高い団結力を発揮し、はぐるまを追い詰める。
彼が広場に行くと、そこには何人ものプレイヤーが集まっていた。武器を奪う、そのためだけに。
「……そんなに欲しいのなら」
彼は大きく振りかぶり刀を投げる。プレイヤーたちの視線が刀に吸い込まれる。
「登録はしていない!」
その言葉にプレイヤーたちの目の色が変わる。刀が地面に触れたのを合図とするように、プレイヤーたちは隣にいた先ほどまで協力していた相手へ襲いかかる。
「これはおまけ」
その騒乱から逃げるはぐるまが去り際に爆竹を投げ込んだ。こうして何でもありの大乱闘が幕を上げた。
この頃はまだメインストーリーが進行中であり、京都には治安維持のための武士がいなかった。NPCの武士が何度か止めにきたが、その度に協力して撃退した。既に持っている上位勢が参戦しようとすれば、Asahiを筆頭とする面白がった者が静かに足止めをしたり撃退したりした。そのため、勝負はなかなかつかなかった。死亡したプレイヤーの復活が可能だったのもその理由の一つだ。
三日三晩続いたという騒乱の勝者はひどく疲れた顔で「何で欲しかったのだろう」と言ったらしい。




