27 町歩き⑤
仕立て屋の子を五回助けてから現実世界で一週間。一度も彼女を見かけていない。ゲームにもそこそこログインしているのに。モブ太の呪いだろうか。
「ストレス発散したい人募集中でーす。上司への恨みを吐き出す仲間を募集中ー」
やる気はなく、けれど殺る気はありそうな声の方へ行くと、何人かが画用紙サイズの紙を掲げていた。そのメンバーの名前は、仕事辞めたい、労働つらみ、はぐるまだった。……なんとなくストレスの理由が分かる。
「……爆竹、ですか?」
ええ、とつらみさんが頷く。彼女はにっこりと笑って言った。
「あなたもストレス溜まってるの?」
「する? 爆破」
歯車さんが爆破をやたらと推している後ろで、仕事辞めたいさんは参加者をひたすら呼び続けていた。
「ストレスは、その……溜まってはいないと思いますが」
「歯切れが悪いわね? 何か悩み事?」
つらみさんは現実でも女性らしく、このゲームをやっている女性は少ないからかよく気にかけてくれる。女の子なら居ますよとネカマをしている人を指さして言ったときに「野太い声の女の子は嫌」と真顔で言われたのを覚えている。「リアルのあなたがおじさんでも変態でも良いの。VR空間ではあなたは可愛い女の子なんだから。勝手に中身を想像して愛でるだけで十分よ」と言われたときには引いた。
「実は……」
仕立屋イベントについて聞いてみる。
「あー。あるあるね」
「フラグ不足……」
「六回目以降は変装しなきゃダメよ」
「変装ですか?」
「ええ。例えば、えっと……」
「イベントで手に入るコスプレ装備が楽じゃないですか? 夜霧は強いですし」
いつの間にか仕事辞めたいさんが話に加わっていた。
「このゲームには歴史上の人物になりきれる装備があります。代表的なのは義経セットですね」
「最近、静御前セットが話題になってたわねー」
「へーそうなんですかー知りませんでしたー」
仕事辞めたいさんの目が昏くなってきたことに気がついたつらみさんが慌てて話を打ち切った。
「じゃあ爆破する? 一緒に行く?」
はぐるまさんは爆竹を振り回しながら言う。ここまでの爆破への熱意は一体どこから……。
「でも夜霧ちゃん、確か始めて一ヶ月よね?」
「それぐらいですね。初会話が仕事辞めたいさんでしたから」
「あーあいつの名前は長いから『仕事』ぐらいで良いわよ」
雑に扱われた彼は「いやだ」とダイニングメッセージを書いた。つらみさんは良くあることなのか、彼を全く気にせず「私たち、これから大陸に行くの。だから大陸に行ってない人はお断りなのよ」と続けた。
「時間がかかるので仕立屋イベントが終わった後、パーティー募集をして行ってみることをおすすめします」
「イベントは怠いけど、航海好きはいるから募集すれば割と集まるかもしれないわ」
「初心者は探せばいるからねー」
彼らに「頑張ってください」と別れを告げてから、次のイベントを確認するためにお知らせを開く。……五条大橋?
五条大橋というと、京都にある義経と弁慶が出会った場所のこと?
次回から2章になります。2章は1週間後に開始します。




