case5ー9.マリアの大冒険(2)
他に入れる場所がないかキョロキョロと見回すと、外に階段があることに気がついた。
どうやらこの倉庫は二階建てのようだ。
足音を立てないよう、そろりそろりと外階段を上り切った後、小さく扉を開く。扉の隙間から中を伺うと、幸い二階には誰もおらず、マリアは難なく倉庫の中に入ることができた。
一階に繋がる階段脇から階下を見下ろすと、敵の男たちが七人、囚われた少女が六人いることがわかった。
少女たちの服装は様々で、平民もいれば明らかに貴族の格好をした少女もいる。年齢も十歳未満の子から十代前半までまちまちだ。
共通点を挙げるとすれば、皆その容姿が非常に整っている、ということだろうか。
(少女を人質に取られると厄介だわ。ここは不意打ち一択!)
マリアはサッと手すりを乗り越えると、階下に飛び降りながらまず一人目の腕と足を撃った。そして華麗に着地したあと、低い姿勢で走りながら、二人目、三人目と撃っていく。
マリアの動きがあまりにも早かったので、男たちが異変に気づきようやく動き出せたのは、三人目が倒れたときだった。
「おい! 何か入り込んでるぞ!」
「ガキだ! 女のガキが一匹いる!」
男たちは一斉に拳銃を取り出し、マリアに向かって発砲してくる。しかし素早く逃げ回る彼女には、一発たりとも当たらない。
その間にマリアは弾倉を取り替え、四人目、五人目、六人目と次々に倒していった。
残りはあと一人だ。
「クソッ、何なんだあいつは!」
マリアを捕らえられないと判断した男が、少女たちに向かって走っていく。
ちょうど弾切れになったマリアは、弾倉を取り替える時間が惜しく、二本のナイフをサッと取り出し男の腕と足に向かって投擲した。
「グアッ!」
ナイフは見事命中し、負傷した男は走った勢いのまま盛大に転んだ。
(よし、制圧完了)
男たちは全員意識はあるが、腕を負傷していて武器を握れる状態ではなく、加えて足も怪我をしているのでその場から動けない。
今のうちに少女たちを逃がそうと、マリアはまず彼女たちを縛っているロープを切ることにした。
「大丈夫? 今のうちに逃げましょう」
優しく声をかけながら一人ずつロープを切っていくと、少女たちは堰を切らしたように一斉に大声で泣き出した。
「うわあああん! お父さぁん、お母さぁん!!」
「こ、怖かったよおおお!!」
「うわあああああっ!! ひぐっ、うぐっ、ううっ!」
今の今まで恐怖にさらされ続けていたのだから、彼女たちが泣きわめくのも仕方がない。しかし一人だけ、一切取り乱さず、一粒の涙も流していない少女がいた。
燃えるような赤い髪を持つその少女は、ピンと背筋を伸ばして姿勢良く座っている。勝ち気に見えるオレンジ色の瞳には、険しさだけが宿っていた。
歳はマリアより少し上だろうか。可憐なドレスの高級感と彼女の居住まいから、明らかに貴族だということがわかる。
随分強い子だなと思いつつ、その少女のロープを切ろうと近づいた時、彼女が唐突に声をかけてきた。
「さっきの戦闘、すごかったわね。あなた、一体何者なの?」
「わたくしはマリア。しがない文具屋の看板娘よ」
マリアは目を眇めておどけた調子でそう言ってから、さらに続けた。
「でも、あなたもすごいわね。こんな怖い目にあったのに、全く泣かないだなんて。あなた、名前は?」
「私はヴィオレッタ・レッドフィールド。十三歳。レッドフィールド公爵家の娘よ」
彼女の名前を聞き、マリアは「なるほど」とひとり納得する。
五大公爵家の娘なら、誘拐されたときの対処法くらい教えられていてもおかしくはない。もしかしたら護身術を叩き込まれている可能性だってある。それならば、こういった状況で落ち着いていられるのも納得だ。
全員のロープを切り終えたマリアは、拳銃を片手に倉庫の正面入口へと向かった。扉を少し開け、外の様子を伺う。
(……うん。これなら大丈夫そうね)
今のところ、敵の仲間が集まっている様子は特に見受けられなかった。マリアは扉をさらに開け、少女たちに顔を向ける。
「さあ、今のうちに行って! モタモタしてると仲間が来るかもしれないわ! 大通りに出たら助けを求めるのよ! きっと警察が来てくれるから!」
マリアがそう告げると、少女たちは慌てて立ち上がり、一目散に逃げていった。
これで一件落着かに思えたが、一向に逃げ出そうとしない少女が一人。先ほどの赤髪の少女、ヴィオレッタだ。
彼女は立ち上がることすらせず、元いた場所にじっと座っている。足を痛めているのではないかと思い、マリアは彼女にサッと近寄った。
「大丈夫? どこか痛いの? 肩を貸すから、一緒に逃げましょう」
マリアが手を差し伸べるも、ヴィオレッタはゆるゆると首を横に振る。そして、マリアにだけ聞こえる声量で言った。
「怪我はないわ。彼女たちを助けてくれてありがとう。でも、私はここに残ります。あなたは早くここから逃げなさい」
「どうして? どうして残るの?」
わけがわからず眉を顰めてそう問うと、ヴィオレッタは真剣な眼差しを向けてくる。
「犯人のアジトはここだけではないの。私は誘拐されてから、何度も場所を転々とさせられたわ。その各アジトには他にも女の子が囚われていて、そして売られていく子もいたの。人身売買はどうやら、競売形式のようでね。大きな会場で行われているみたい」
(人身売買!?)
ということは、連続少女誘拐事件の黒幕は、やはりジョン・ラッセルということだ。マリアにわずかな緊張が走った。
「私は貴族として、弱き者を助け、悪しき者を罰する義務がある。ここにいればいずれ、人身売買の会場にたどり着くわ。私はここに残って、会場を突き止めるつもりなの」
彼女の瞳には強い意思が宿っており、説得しても折れてくれそうになかった。
それにしても、まだ幼いのに既にノブレス・オブリージュの精神を持っているとは、随分と殊勝な少女である。流石は「皇族の忠犬」の娘だ。
「突き止められたとして、どうやって助けを求めるつもりなの?」
「それはまだ考え中よ。でも、絶対になんとかしてみせるわ。だからあなたは早く逃げて。さもないと、奴が――」
ヴィオレッタがそこまで言葉を発した時、倉庫の入口の方から男の声が聞こえてきた。
「おいおいおい。これはどういう状況だ? なんで全員やられてんだよ」
(しまった……! 外の警戒を怠るなんて、とんだ失態だわ!)
バッと振り向くと、黒髪の男と仲間数人が扉から入ってくるところだった。
手下を率いている男の腕には入れ墨が彫られており、目は細い切れ長、髪は少し長めの黒色だ。姉から聞いていたジョンの特徴と一致している。
(ジョン・ラッセル……!!)
頭にカッと血が昇ったマリアは、怒りのあまりジョンを撃とうとした。が、ヴィオレッタに腕を掴まれ止められてしまう。思わず振り返ると、彼女の瞳の険しさがより一層強くなっていた。
そして、ヴィオレッタはゆっくりと立ち上がり、なんとマリアをかばうように前に出た。
その間にもジョンはこちらに近づいてきていて、とうとうヴィオレッタと対峙する。




