case5ー5.アジト制圧(2)
「スノウ!?」
「姐さん!!」
そこにいたのは、ウェスト商会の若旦那、スノウ・ホークスだった。彼の後ろには、武装した屈強な男たちが数人いる。おそらく商会お抱えの傭兵団の人間だろう。
スノウが傭兵団の面々に視線で合図を送ると、彼らは二階に潜伏する他の手下たちの制圧に向かっていった。
再びエレノアに視線を向けたスノウの表情には、深い安堵が浮かんでいる。
「よかった、見つかって。心配しましたよ」
「スノウ、お前、どうしてここに?」
もしポールが助けを求めるとしたら、ミカエルとマリアだと思っていた。予想外の応援に、エレノアも驚いているのだ。
「双子ちゃんたちがうちの商会に血相変えて駆け込んできましてね。姐さんが連れ去られたから、力を貸してくれって。姐さんが道にインクを垂らしておいてくれたおかげで、すぐにたどり着けましたよ」
話を聞けば、どうやらポールはまずオーウェンズ病院に向かい、双子に事情を説明したそうだ。双子はそのままエレノアの元に向かおうとしたが、彼の提案で商会の助けを借りようということになったらしい。
そして、双子とポールが商会に駆け込んだところ、ちょうど店にいたスノウが手早く傭兵団を集め、ここまで追ってきてくれた、というわけだ。ポールは戦えないので、商会に残してきたらしい。
「ミカエルとマリアはどうした。一緒じゃないのか?」
「来てますよ。二手に分かれて姐さんを探してたんです。今頃、一階で暴れてると思いますよ」
「そうか。ならいい」
二人が無事であることに、エレノアは安堵の息を漏らした。すると、スノウが怪訝そうな表情で尋ねてくる。
「しかし姐さんともあろう人が、一体誰に捕まったんすか?」
「ジョン・ラッセルを知っているか?」
その名が出た途端、スノウの瞳がハッと見開かれる。この様子だと、商会の元締めであるウェストゲート公爵から話は聞いているようだ。
「マジすか……!?」
「アジトを割ってやろうと思ってわざと捕まったんだが、見ての通りこの体たらくだよ。情けない」
エレノアが眉を下げて苦笑すると、スノウは「また危ないことを……」と言って呆れていた。
「ともかく無事で何よりです。ジョンはどこに?」
「何やら問題が起きたようで、今は外に出てる。この屋敷を制圧したら、ジョンを待ち伏せしてくれないか? 異変を察知して戻ってこないかもしれないが」
「わかりました。姐さんはどうするんです?」
「私は、少し休む。催眠効果のある痺れ薬をアホほど飲まされてな」
「ええっ!?」
激しく動き続けて毒が全身に回った上に、応援が来て気が緩んだせいか、一段と強い睡魔が襲ってくる。体の麻痺も強く、できることならこれ以上はあまり動きたくなかった。
ミカエルとマリアだけでなくスノウもいるなら、もう眠っても大丈夫だろう。
「悪い、スノウ。あとは任せる」
「姐さん? 姐さん!?」
壁にもたれかかりズルズルと座り込むと、エレノアはとうとう意識を手放した。
* * *
壁に体を預けて眠ってしまった男装の麗人を見て、スノウは思わず手で額を押さえた。
彼女をこのままここに置いておくわけにはいかない。かといって、彼女に触れるのはそれはそれで憚られる。
「どうすっかな……」
スノウは溜息をつきながらエレノアの前にしゃがんだ。
白銀の長い髪は艶やかで美しく、雪のように白い肌は陶器のように滑らかだ。顔の造形は恐ろしく整っていて、全てのパーツが完璧な位置に並べられている。
吸い込まれるように美しい碧眼の瞳は、今はピッタリと閉じられていて、長いまつ毛が頬に影を作っていた。
苦しいのか、眉間にはわずかにシワができている。そのシワが、彼女が作り物でないとわかる唯一の証拠かに思えた。
美術品のような彼女に触れるのは何とも畏れ多い。その上、彼女がうちの若――ウィリス・ウェストゲートの想い人であるから尚更だ。
「スノウさん。二階の制圧、完了しました」
そう声をかけられ、スノウはハッと我に返る。気づけば仕事を終わらせた傭兵団の面々が集まっていた。
「どうされましたか? 目的の御人はその方ですよね。眠っておられるのですか?」
「そう。薬を飲まされたらしくてな」
「運びましょうか?」
その提案に、スノウはしばし逡巡した。
正直任せてしまいたかったが、彼女は見知らぬ男にベタベタと触れられることを嫌う。自分だったら良いのかと問われれば疑問が生じるが、不快度はまだマシだと思いたい。
「いや、俺が運ぶ」
そう決断して彼女を背負ったが、すぐに後悔が押し寄せてきた。
(おーっと、これは……)
柔らかい胸が背中にあたり、何とも言えない気持ちになる。
女性特有の柔らかい体つき。それでいてバランスの取れた筋肉。そういった情報が背中から嫌でも伝わってきて、もはや思考を放棄してしまいたかった。男の格好をしているが、彼女はれっきとした女性なのだ。
「はあ……あとで若に怒られるだろうなあ……」
スノウのボヤキを聞いた傭兵団の面々は、揃って首を傾げていた。
その後、エレノアを連れて一階に下りると、暴れまわっていた双子たちが悲鳴を上げながら駆け寄ってきた。
「姉さま!?」
「お姉さま!?」
「ああ、二人とも。姐さんは寝てるだけだから大丈夫だよ……って、聞いてないな」
双子に向けて説明したは良いものの、その声は全く届いていなかった。気を失ったエレノアを見た二人は、怒り狂ったように息を荒くしている。
そしてミカエルもマリアも、一階に残っていた敵を鋭く睨みつけながら唸った。
「貴様ら……よくも姉さまを……!」
「絶対に許さないんだから……! 全員、ブチのめしてあげるわ!!」
狂犬と化した二人を止める術はもうない。敵を殲滅するまで、彼らは止まらないだろう。
いつもは二人が暴走しないようエレノアが制御しているが、頼みの綱の彼女も今は背中で眠ってしまっている。
すると、双子を心配してか、戦闘に加わろうとする傭兵団員がいた。
「やめとけ。巻き込まれるぞ」
その団員は最近入ってきた新人だった。スノウの制止により踏みとどまったものの、不安そうな表情を浮かべている。
「ですが、大丈夫なんですか? あんな子供二人で……」
「ああ……お前はまだ見たことなかったか。あの二人は見た目は天使だが、中身は悪魔というか野生の獣というか……とにかく、絶対に怒らせちゃいけない。よく覚えとけ」
そうこうしている間にも、双子は次々に敵を倒している。
まだ十歳やそこらだというのに、見事な身のこなしだ。小柄な体格を活かした戦闘技術も素晴らしい。
近接戦が得意なマリアはナイフを両手に縦横無尽に駆け回り、戦場を俯瞰できるミカエルは銃を手にマリアをフォローしつつ敵を屠っていた。
自分のボスであるウェストゲート公爵が、双子をたまに護衛として雇うので、これまでにも二人の戦闘を見たことはあったが、いやはや本当に敵には回したくないものだ。
護衛の仕事の時は淡々と戦闘をこなす二人だが、今はエレノアを傷つけられた怒りで凶暴化しており、スノウの目にはなおさら恐ろしく映っていた。
程なくして、屋敷全体の鎮圧が終わった。おびただしい血が散らばった屋敷は、元々廃屋だったこともあり、何とも凄惨に見える。
この屋敷はジョンのアジトの中でも規模の大きいものだったらしく、それなりの人数を捕らえることができた。しかし、今連れてきている傭兵団員は数名しかいないので、この人数を運びきるのは難しそうだ。若に応援を要請する必要があるだろう。
スノウは傭兵団の面々にジョンを待ち伏せて捕らえるよう指示を出し、その場を後にすることにした。
「じゃあ、俺は先に戻るわ。なるべく早く応援を送るけど、それまで任せたぞ」
そうしてスノウはエレノアと双子を連れ、オーウェンズ病院へと向かうのだった。




