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婚約破棄の代行はこちらまで 〜店主エレノアは、恋の謎を解き明かす〜  作者: 雨野 雫
case5.利用された男

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case5ー3.招かれざる客(3)


(……別にここで捕まえる必要もないか)


 しばらく考えた末、エレノアはこの後の作戦を決めた。


「わかったよ」


 そう言って銃を放ると、囚われの身のポールが「エレノアさん……!」と感動の声を漏らし、たちまち希望に満ちた表情になる。


 一方、エレノアが銃を捨てるやいなや、手下たちは体を起こし立ち上がった。


「銃は捨てたぞ。さっさとそいつを解放しろ」


「いいや、まだだ。両手を上げたままゆっくりこっちに来い。おかしな真似したら、すぐにこいつを撃つからな」


 エレノアは言われた通り指示に従い、ゆっくりと歩を進める。そして、手下たちを横目にさらにジョンに近づいたちょうど時、彼が短くつぶやいた。


「やれ」


 その一言が放たれた途端、手下たちが後ろから一斉に飛びかかってきて、エレノアはたちまち取り押さえられてしまった。


(この男……一体どこまで読んでいたんだ?)


 後ろ手に手首を縛られながら、エレノアは一連の流れを不審に思った。


 ジョンの余裕な態度。「やれ」のたった一言で、エレノアを捕らえた手下たちの動き。


 まるで、最初から()()()()()()()()()()()()()()()かのようではないか。


 可能性として考えられるのは二つ。

 

 ひとつは、ジョンはポールがこのタイミングで店に来るとあらかじめ知っていた、ということ。


 もうひとつの可能性は、ポールとジョンが繋がっていた、ということ。


 後者の可能性はあまり考えたくはないが、今は真相を探っている暇はなさそうだ。


 エレノアは手首を縛られた後、その場に座らされたが、捕まるのは想定内だった。そもそもわざと捕まったのだ。


 ジョンはこのままエレノアをアジトに連れて行くだろう。エレノアはアジトの場所を突き止めた上で、彼らを一網打尽にするつもりだった。


「さて、と」


 ジョンはエレノアの目の前にゆっくりとしゃがんだ。相変わらず余裕のある笑みを浮かべている。


「一緒に行こうか、エレノア」


 彼はそう言った途端、エレノアの髪をぐいっと引っ張り無理やり顔を上に向かせた。そして、そのままエレノアの口の中に小瓶を突っ込む。


 口内に流れ込んできた液体を反射的に飲み込んでしまったエレノアは、その場で激しくむせた。


「ゲホッ、ゴホッ」


「安心しろ。死にゃしねえよ」


 飲まされた液体の味には覚えがあった。


(これは……軽い催眠効果のある痺れ薬だな)


 エレノアはかなりの種類の毒に慣れている。今飲まされたこの薬も、規定量であれば問題なく動けるはずだった。


 しかしおかしなことに、指先から徐々に痺れてきていて、既に体が動かしづらくなっている。


(クソ……規定量を無視して飲ませやがったな……)


 エレノアは心の内で激しく舌打ちした。普通の人間だったらすぐに動けなくなるレベルの量だ。


 毒づきたい気持ちでいっぱいだったが、今は「痺れ薬を飲まされた女」の演技に徹しなければならない。痺れて動けないと油断させておいたほうが、後々何かと便利だからだ。


「さ、撤収するぞ、お前ら」


 ジョンはそう言うとエレノアを担ぎ上げ、手下たちを引き連れ店を出ようとする。解放されたポールはというと、どうすることもできずその場でわなわなと震えていた。


「あ、ああ……エ、エレノアさん……」


「お前のおかげで助かったよ。ありがとさん」


 ジョンはそう言うと、すれ違いざまにポールの肩をポンと叩いた。


 ポールの表情には絶望がありありと浮かんでいる。そんな彼と視線が合ったエレノアは、かすかに唇を動かした。彼はそれを読み取ったのか、ハッと目を大きく見開く。


(布石は打った。後はポールがどう動くかだ)


 今できることは他にないので、エレノアは目を閉じて大人しくアジトに運ばれるのを待った。


 店を出たジョンたちは、外に停めていた荷馬車にエレノアを乗せ、そのまま走り出した。荷台は全面が麻布で覆われているため、外からは「女を攫って運んでいる」とはわからない。

 

 荷台にはエレノアの他に、手下三人が乗っている。


 手下が御者台にいないのは、彼らが怪我をして出血しているからだろう。流石に血をダラダラ垂らしながら馬車を走らせていれば不審に思われる。そのため、御者はジョン自身が務めているようだ。


 手下たちは作戦が成功して油断しきっているようで、特にエレノアを監視することなく談笑していた。


 目を閉じているエレノアは耳だけでそうした一連の情報を拾っていたが、それと同時に、どの道をどれくらい進み、どの角をどちらに曲がったかを全て正確に記憶していた。アジトに着いたはいいものの、自分がどこにいるかわからなければ、応援も呼べないしそもそも帰れない。


 手下たちの談笑が続き、自分から注意が逸れているとわかると、エレノアは袖からこっそりインク瓶を取り出した。銃撃戦の最中、何かに使えるかもしれないと思ってカウンター裏から取っておいたのだ。


 そして、指先の感覚を頼りに、荷台の底板に空いた隙間を探し当て、そこからインクを一定間隔でポタポタと垂らす。痺れ薬のせいで多少体が動かしづらいが、これくらいの作業はどうってことなかった。


 これはただ単に自分の居場所を誰かに伝えるためのものではない。ポールが白か黒かを判断するための布石だ。


 エレノアは先ほどポールにすれ違った時、「インクをたどれ」と唇を動かした。彼の反応からして、恐らくこちらの意図を読み取っただろう。


 そして、ポールはミカエルとマリアがオーウェンズ病院にいることを知っている。


 彼がもし双子にインクのことを伝えてエレノアを助け出そうとすれば白、ジョンに密告しインクの痕跡が消されたら黒、ということだ。


 どちらに転ぶかは、蓋を開けてのお楽しみである。


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