表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/180

第96話 自分を大切にしている?

 フランスはカーヴの腕をつかんだまま、またしても広場の横にある水飲み場に来た。


 相変わらず、ひとけがなくひっそりとしている。


 なぜか、うしろからイギリスもついてくる。


 泣きだしてしまったカーヴを落ち着けようと、メゾンが近寄ると、なぜかカーヴが嫌がったので、メゾンのことは置いてきた。


 メゾンのことは放っておいても大丈夫ね。


 なんだか悪くない雰囲気だったし、アリアンスとカリエールと、なんとか過ごしているでしょ。


 フランスは、カーヴと向き合った。


 もう泣きやんではいるが、びくびくとして、おそれるようにちらちらとイギリスのほうに視線をやっている。


 フランスは、ゆっくりと言った。


「カーヴ、大丈夫よ。陛下はこわい方じゃないわ。とっても優しいから、安心して」


 カーヴが、おそるおそるといった様子で、うなずく。


 こわいのか、うつむいたままだ。


「カーヴ」


 フランスがゆっくりとのぞき込むようにして名前を呼ぶと、カーヴが伏せていた目をゆっくりと上げる。


「ね、無理に答えなくていいからね。言いたくなければ、言わなくてもいいの。でも、あなたのことが心配だから聞くわね。いい?」


 フランスがそう言うと、カーヴがうなずいた。


「なぜ、さっきメゾンを突き放したりしたの?」


 メゾンとカーヴはいつだって一緒だ。


 どちらも、ひどくこわがりだが、カーヴの方が話すことが苦手な分、輪をかけてこわがりだ。だから、メゾンはいつもカーヴを守るようにして側にいる。


 ただ、メゾンが一方的にカーヴを守っているかというと、そうでもない。カーヴは話すことが苦手だが頭がいい。


 お互いに守り合い、頼り合うような関係だったはずだ。


 なのに、さっきは、カーヴが突き放すように、メゾンが近寄ることを嫌がった。


 カーヴが、深呼吸をしてから、小さな声で、慎重に音を出すようにして言った。


「メゾンの、じゃまを、したく、ない」


「邪魔? もしかして、アリアンスと一緒にいるところを邪魔したくないってこと?」


 カーヴがうなずいて、言う。


「迷惑かけて、ばかり、だから、カーヴはいないほうが、いい」


 そんな風に思っていたのね。


 カーヴが小さい声だが、はっきりと言った。


「騎士団に、もどり、たい」


「そんな……」


「お願い、します」


 フランスは、カーヴの腕に手をやって言った。


「ねえ、メゾンと話し合った方がいいわ。側にいるからって、メゾンがあなたのこと迷惑に思っているなんて、わたしには思えないもの。あなたたちは、ふたりっきり兄弟じゃない」


「メゾン、優しいから、話、したら、ここにいろって、いう」


「わたしも言うわよ。ここにいてよ、カーヴ。あなたが心配よ」


「迷惑、かけたく、ない」


「迷惑なんかじゃ、ないったら!」


 そのあと、フランスがどうなだめても、カーヴは騎士団に戻りたいとしか言わなかった。


 カーヴが仕事のために、水飲み場をさる背中を、フランスは悲しい気持ちで見送った。


 それまで黙っていたイギリスが、言う。


「彼が、望むなら、騎士団に戻してやればいい」


 フランスは、イギリスのほうを振り向いて言った。


「それが、彼のほんとうの望みなら、戻してやります。でも……、それはカーヴの本当の望みじゃない」


「本当の望みかもしれない。ひとり立ちして、騎士団で立派につとめを果たしたいということが」


 そうかしら。


 そうかもしれない。


 でも——。


「カーヴは本当は司祭になりたかったんです。勉強もできます。でも、言葉がうまく話せないから……、司祭になる道は認められなかった。それで、体格が良いからって、メゾンもカーヴも騎士団に入れられたんです。でも……、合わなかった」


 やさしい二人に、騎士団のつとめは合わなかった。


「彼らをよく知る司祭が、世話をやいてこの教会の警備役を世話してくれたんです」


 イギリスが、しばらく考えるようにしてから言った。


「合わなくても、彼はそうしたいんだろう。メゾンのために」


 フランスは、イギリスの目を見つめて言った。


「誰かのために、何かできるのは素敵なことだと思います。でも、もっと自分を大切にしてほしいんです。この教会ですごすものは、わたしの家族だから」


 フランスは、カーヴがこっそり隠れて、聖書を読む練習をしている姿を思い出した。たまに教会の敷地のひとけのない場所で、聖書を声に出して読んでいる。


 カーヴは何も言わないけれど、司祭になる道をあきらめてはいないような気がした。


 イギリスが、フランスの目をじっと見つめ返して言う。


「きみは、どうなんだ」


 フランスは首をかしげた。


「わたしですか?」


「ああ、きみは、自分を大切にしているのか?」


「……」


 そんな風に言われたことはなかった。


 聖女は、教国のために尽くす存在だ。頼られることはあっても、自分を大切にしているのかと、聞かれたことはなかった。


「わたしは……」


 答えられない。


 考えたこともなかった。


 自分を、大切にしているだろうか。

 自分を、大切にするって、どういうことかしら。


 人のことなら、いくらでも思えるのに、自分のことはてんでわからない。


 まるで、迷子みたいね。


 でも……。


「あなたは?」


 フランスは、思わず聞いた。


「あなたは、自分を大切にしていますか?」


 イギリスが無表情に答える。


「大切にしなくても、死にはしない」


 なんてこと……。


 そんな。

 そんな風に思うなんて。


 怒りにも似たような感情があった。


 なぜかは分からない。


 フランスは思わず強い口調で言った。


「では、わたしが大切にします。あなたのことを」


 イギリスが、じっとこちらを見ていた。



 どんな感情があるのかは、その目を見ても、分からない。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ