第93話 くるっぽー、ほっほー
フランスは、なかなか気に入った。
鳩の姿を。
竜と違って、手足の数は人間のときと同じだ。手がない感覚は奇妙だったが、両手が翼と思えば、動かすのは簡単だった。
なるほどね。
風をつかむって、こういう感じなのね。
鳩だと身体が軽いから、勢いよく飛び上がったりしなくていい分、飛ぶことに集中できていいわ。
しばらく練習をつづけていると、ふと、あることに気づく。
飛ぶことを意識しない方が、上手くいく気がする。
ふうん。
確かに、ひとだって歩くときにいちいち意識してちゃ、余計に歩きづらいわよね。
飛ぶ練習、楽しい!
気分よく飛び回っていたら、イギリスに両手でつかまえられてしまった。そろそろ昼食時が近いらしい。
イギリスの腕のうえに乗った状態で執務室に向かう。飛ぶ練習は終わったが、フランスは鳩の姿を気に入ったので、そのままでいた。
執務室の、イギリスの机の上におろされる。
フランスは、鳩の姿が楽しくて、そのまま足を上にむけてごろりと転がった。
鳥の姿って、いいわ。
全身羽毛でふわふわよ。
ベッドいらずね。
天に向けた両足を、ぐーぱーする。
イギリスが、その様子を見て言った。
「ずいぶん気に入ったようだな」
くるっぽーと鳴き返しておく。
フランスは、起き上がって、爪をかちゃかちゃ言わせながら、机の上を歩き回った。
楽しい。
イギリスが座って、書類を片付け始めたので、その前でほっほー言いながら、かちゃかちゃやってやる。
しばらくするとイギリスに両手でつかまれた。
そのまま仰向けに置かれる。
フランスは、また両足を天に向けて、ぐーぱーした。
これは、うるさいから静かにしろってこと?
フランスは、足をじたばたやって起き上がった。
楽しい。
もう一回、さっきのやってくれないかしら。
ひっくり返されるの、なんだか面白いわ。
フランスはまた、ほっほー言いながらかちゃかちゃやった。
イギリスがさっきと同じようにつかんで、鳩のフランスを仰向けにして置く。
楽しいっ!
フランスは上機嫌のくるっぽーをした。
イギリスがあきれた顔で、すこし笑いながら言った。
「楽しむな」
そうやって鳩の姿を満喫している間に、アミアンがイギリスを迎えにきた。
「お嬢様も行かれますか?」
アミアンに、そう聞かれたが、フランスは身体全体を横に揺らして、くるっぽーした。
イギリスが、その様子を見て言った。
「その姿が、いちばん似合っている」
なんですってぇぇ。
本当の鳩だったら、糞を頭上に落としているところよ。
イギリスとアミアンが、つれだって食堂へ行く。
ふたりが出ていったあと、フランスは窓からぴょいっと飛び出した。もうすっかり鳩の姿で飛ぶのはお手の物かもしれない。教会の上を飛び回る。
すごい。
いつもと全然違う景色。
教会の上ってこんな風になっているのね。
あれ、教会の上に、帝国旗?
なんで、こんなところに広げて置いてあるのかしら……。
帝国旗が、天に向けてひろげて置いてある。
あ、これって。
フランスは、イギリスが教国に来た日を思い出した。天に向かって、大きな帝国旗をふる騎士の姿。
これ、目印ね。
陛下が帰ってくるときの。
なるほど、そう思って見てみると、景色の中は、茶色い建物ばかりだ。さほど大きな教会でもないし、目印がないと上空から見つけられないかもしれない。
ふうん。
フランスは教会の外側から屋根をこえて内側に向かってとんだ。
広場が見える。
お昼時で人がまばらになりはじめているが、まだ物売りをしている姿がある。
あ、アリアンス。
フランスは、アリアンスの後方にある柱のかげに、妙なものを見た。
メゾンとカーヴがいる。
なにしてるの、あの二人。
メゾンとカーヴが、柱の陰から、のぞいている。
視線の先は……。
アリアンス?
アリアンスのこと見てるのかしら?
フランスはその後も、たっぷりと教会を上から眺めて、正午前に執務室にもどった。
*
イギリスと身体が入れかわって、元の姿に戻ってから、なんとなく気になって、さっきメゾンとカーヴがいた場所に行ってみる。
うそでしょ。
まだいるの、あの二人?
なにしてるのよ。
フランスは横ろからそーっとちかづいて、声をかけた。
「ちょっと、何してるのよ。メゾン、カーヴ」
「うわああああ」
メゾンがおそれるように叫んで、思いっきり後ずさるみたいにした。その声に驚いたのか、カーヴも同じように叫んで後ずさる。
勢いよく後ずさったふたりのうしろに、ワインの貯蔵庫に通じる入り口がある。地下へ通じる階段だ。
フランスは、あぶないと言おうとした。
「あっ」
フランスが続きを言う暇もなく、メゾンとカーヴが情けない叫び声をあげながら、貯蔵庫の入口に吸い込まれていった。
階段を勢いよく落ちる音。
フランスはびっくりして叫びながら、階段をかけおりた。
「メゾン! カーヴ! ちょっと大丈夫⁉」
階段の一番下で、メゾンとカーヴが大きい身体をくちゃくちゃにさせて二人で倒れている。
フランスは焦った。
「ちょっと! 怪我なんかしてないでしょうね‼ 生きているわよね⁉」
メゾンの情けない声がひびく。
「生きてますう」
ふたりがのそのそと起き上がる。
入り口からの光だけでは、はっきりとは見えないが、ふたりとも動けてはいるようだった。
カーヴが、たぶんもう泣いているっぽい声で言った。
「い、い、いたい」
フランスは近寄って言った。
「怪我したの? 暗くてよく見えないわね。歩ける?」
カーヴが、小さな声で答えた。
「あ、あ、あるけ、る」
「じゃあ、明るいところに行きましょう。とりあえず、話はそれからね」
フランスはカーヴの腕をささえて、階段をあがった。




