第92話 夜明けの晩の、鶴と亀
フランスとアミアンは、夜に、イギリスの天幕に来ていた。
ダラム卿もいる。
ダラム卿が、例のあの件について話がある、というので集まった。例のあの件は、入れかわりについての話らしい。
ダラム卿は、なぜか面白がって、かたくなに『例のあの件』という。この複雑な状況すら、楽しもうとしているらしい。
フランスとアミアンは教会の仕事をすませて、夕食もとり、後片付けもすべて終えてから天幕に行った。
すっかりあたりが暗くなるほどの時間だった。
四人で応接テーブルを囲んですわる。アミアンとフランスがとなり合って座り、目の前にイギリスとダラム卿が座る。
集まると、イギリスが、ダラム卿に向かって口をひらいた。
「何か分かったのか」
「すこしですが」
フランスとアミアンは、ダラム卿の言葉に、ぐっと聞く姿勢になった。
ダラム卿は、テーブルの上に置いてあるいくつかの羊皮紙の束にふれながら話しはじめた。
「陛下とフランスの入れかわりが、ベルンの泉の影響によるものなら、まずはベルンの泉について知る必要があります。ただ、ベルンの泉について書物に書かれていることは、妖精王がひらいた泉であり、妖精王がこちら側をのぞくことができる、ということだけです。方々、人をやって探させましたが、今のところ、それ以上の文献は何も出てきてはいません」
アミアンが、ふんふんと頷きながら言った。
「それで、世界で一番長生きの鶴と亀に、ベルンの泉について聞いてみようというお話でしたね」
「ええ、その鶴と亀は『多くを知る者』と呼ばれていて、ありとあらゆることを知っているのだそうです」
ダラム卿は、そう言いながら、テーブルの上から大きめの古い羊皮紙をひっぱりだす。
みんなの視線が、羊皮紙に集まった。
「他の文献で調べてみると、鶴と亀と言う表記はなくなるのですが、『世界で一番長く生きる者』であり『多くを知る者』は、ちょこちょこ出て来るんですよ。どうやら、最も古い場所に住んでいるということまでは、分かっています」
アミアンが首をかしげて言う。
「もっとも古い場所?」
フランスも続いて言った。
「どこにあるんですか?」
「もっとも古い都市の遺跡だと言われるものが残っているんです」
ダラム卿が、古くて大きい羊皮紙をひろげて、指である場所を指し示すようにする。羊皮紙には、地図が描かれていた。
「ここが、そうです。メソポタミアと呼ばれる場所です。いまは、打ち捨てられた地のはずですが、おおよその位置は分かっています。ただ……」
イギリスが、促すように言う。
「ただ?」
「鶴と亀がいる場所は、最も古い場所であり、『夜明けの晩』に『後ろの正面』で出会うことができる、と言われているんです」
アミアンが、首をひねり、怪訝な顔で言った。
「夜明けなんですか? 晩なんですか?」
フランスも、同じようにして言う。
「それに、後ろなの? 正面なの? なんだか意味がわからないわね」
ダラム卿も、やれやれといった様子で言う。
「その部分が、さっぱりでして」
アミアンがわくわくした顔で言った。
「なんだか、なぞめいていますね」
ダラム卿が笑顔で頷いて答える。
「伝説は、わくわくがつきものですね。メソポタミアと呼ばれる地は、道も失われてひさしい場所のようです。人をやって調べるというのも現実的ではありません。そこで……」
そこまで言って、ダラム卿がちらっとイギリスに目をやった。
イギリスが頷いて言う。
「わたしが、飛んで見てこよう」
「よろしくお願いいたします」
ダラム卿が、イギリスに地図をわたして、詳細な場所について説明をはじめる。
アミアンが、フランスに顔を向けて言った。
「陛下が場所を見つけたら、晩から夜明けにかけて鶴と亀を探さなくちゃならないですよね。つまり、お嬢様も、行かなければならないということでしょうか」
それを聞いて、イギリスが、すこし悩むようにした。
フランスは元気よく言った。
「わたし、行きたいです」
イギリスが、怪訝な顔で言う。
「なぜだ」
冒険みたいで、楽しそうじゃない。
知らない景色を見るのは、自由な感じがしそう。
フランスは笑顔で答える。
「楽しそうだから」
イギリスがやれやれという素振りで、ちょっと笑った。
フランスも笑顔を返す。
ダラム卿は、イギリスの笑った顔を見て、すこし驚いた様子だった。
イギリスが、フランスを見て言った。
「わたしが事前に様子を見てくるとして……ふたりで行くなら、もうすこしましに飛べるようになってもらわないと困る。もしものときは竜の姿で飛ぶ必要があるからな」
そうよね。
とっさに、逃げる、という局面もあるかもしれないもの。
フランスは、ちょっと頭が痛くなって言った。
「また、しばらく午前中いっぱい仕事ができなくなるのは、ちょっと不便ですね」
また、アミアンとシトーに負担をかけてしまうかもしれない。
アミアンが、笑顔で提案する。
「ここらへんで練習したらいいんじゃないですか?」
「ここらへんで? 危ないし、目立ちすぎるわよ」
フランスの言葉に、イギリスとダラム卿もうなずく。
アミアンは、人差し指をぴんとして、明るい調子で言った。
「竜の姿ではなく。もっと小さい姿で練習すれば、毎日遠くまで行く必要はないんじゃないですか? 鳩とか!」
ダラム卿が手をたたいて言った。
「さすが、アミアン。天才ですね!」
アミアンが大得意の顔をした。
フランスも、拍手して言う。
「ほんとね、そうすれば、そこらでこっそり練習できるわ。それで、慣れたら最後に竜の姿で、練習すればいいものね。アミアンは天才よ!」
アミアンが完全に気分の良い顔でイギリスに顔をむける。
イギリスがしっかりと頷いて「さすがだ」と言った。
アミアンは、もうそれ以上あごは天にむかない、というほど得意げな仕草をした。
かわいい。
よし!
しっかり練習して!
いざ、冒険よ!
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おまけ 他意はない豆知識
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【メソポタミア】
世界最古の文明発祥の地。ギリシャ語で「両河の間の土地」という意味。




