第89話 女たらしのたくらみごと
これ以上、下手なことはなにも言わないでおこうと、フランスが口をしっかりと閉じた時、ダラム卿が楽しそうな顔で言った。
「せっかく陛下に、おもしろい、いや、素敵なうわさが立ったのですから、もしや教国にいる間に、どこかでお披露目する機会もあるかもしれないと思いまして。僭越ながら、教国の流行りも取り入れつつ、帝国の伝統もしっかりと守る、そんな衣装を仕立ててみました」
アミアンが関心しきりに言う。
「さすがです」
「ありがとうございます。アミアンが侍女としてついていくための衣装も、別で仕立ててありますよ」
「さすがすぎます! すごいです! すごい仕事のできるお金持ちの美男です!」
アミアンが勢いよく拍手したので、フランスも拍手する。
「でも、そろいの衣装なんて、着るかどうかも分からないのに……」
フランスが小さくそう言うと、ダラム卿がほがらかな顔で言った。
「陛下が使わなければ、すこし大きさを調整すればわたしが着ることができます。そうなれば、あなたをお誘いするチャンスが、わたしにめぐって来るということになります」
「まあ」
そこまで考えて、全力で楽しんでいるのね。
おかしい。
フランスは笑った。
ダラム卿が、満足そうな顔で言った。
「おふたりの笑顔を見られただけでも、仕立てたかいがあるというものです」
あいかわらず立派な女たらしぶりに、フランスとアミアンは目を見合わせて笑った。
「まだ、仮仕立てのものばかりです。布地もたくさん取り寄せましたから、お好みの様子に仕立て直すこともできますよ。今回は規模の大きな舞踏会に行かれるとのことなので、こちらのうち、いずれかですね」
そう言って、ダラム卿が使用人たちに、衣装をひろげさせる。
「舞踏会用に仕立てた、二種類です」
ずいぶん、雰囲気の違う衣装だった。
フランスは近寄って見てみた。
イギリスもとなりに来る。
「ずいぶん、方向性の違う二着だな」
イギリスの言葉に、フランスも頷いた。
ひとつは、なんだか強そうな見た目をしている。黒を基調とした、言ってしまうと……、悪そうな雰囲気の衣装だった。
そちらを指してダラム卿が言った。
「こちらは、いかにも、魔王と悪女、というかんじに仕立ててみました」
アミアンが、あははと笑う。
すごいわ。
魔王とか悪女とか、わるいうわさも、全力で楽しんでやろうと言わんばかりね。
楽しくなってきちゃった。
アミアンが、わくわくした声で言う。
「これは、失礼を働いた相手の首をはねてもおかしくないですね」
ダラム卿も、楽しそうに答える。
「いいですね! まさに、極悪非道のふたりという感じです」
フランスは、もう片方の衣装に目をやった。
「こちらは、なんだか……」
フランスが何と言っていいかわからず悩んでいる間に、アミアンが言う。
「まるで婚礼衣装のようにも見えますね」
あ、それね。
白を基調としているからか、まるで、婚礼衣装のようにも見える。
ダラム卿が満足げに言う。
「こちらは、恋するふたりはとめられない、をテーマに作りました」
フランスは笑った。
なに、そのテーマ。
勢いで結婚までしちゃうふたりってこと?
その後四人で、どちらの衣装で舞踏会に行くか話し合う。
仮仕立ての衣装を身体の前に合わせて、フランスとイギリスで並んで立ち、アミアンとダラム卿が、ああでもない、こうでもないと言ったりする。
なんだか、楽しいわ。
まるで、いたずらを計画しているみたいで。
フランスは、イギリスに向かって言った。
「陛下は、どちらがお好みですか?」
イギリスはすぐさま、黒い方を選んだ。
そっちなんだ。
「魔王っぽいほうが良いんですね」
「黒のほうが気をつかわない」
「あー……」
実用性重視だった。
なかなか決まらず、考えるのに疲れ始めたころ、ダラム卿がぽんと手打って言った。
「まあ、どちらを選ぶかは、当日までにゆっくりと決めれば問題ありません。もうしばらく日数はあるようですし。とりあえず、すべて仕立ててしまいましょう」
では、そろそろ仕事に戻ろうかと、フランスとアミアンが顔を合わせると、ダラム卿が「そうそう、そうでした」と言いながら、ひとつの箱を手に取った。
「こちらは、仕立て直したドレスです」
イギリスがすかさず言う。
「見せろ」
やあね。
最終チェックまでされるんだわ。
口うるさい、赤い竜ね。
乳母陛下。
ダラム卿が箱から取り出したドレスは、もとの形はのこしながら、首元まで布地でおおわれる形に変わっていた。
あたらしく追加された部分は、すこし透け感のある生地になっていて、もとのドレスの美しさを損なわないよう、配慮されているように見えた。
ダラム卿は、衣装をイギリスによく見えるようにしながら言った。
「この通り、多少透け感はありますが、ほんとうにうっすらとなので、安心安全の作りになっております」
イギリスが、満足したようにうなずいた。
ダラム卿がにっこりと言う。
「では、そこまでお持ちいたします」
フランスとアミアンは、箱をもったダラム卿と天幕を出た。
教会に向かって天幕からはなれ、ものかげに入ったところで、ダラム卿が言った。
「うまくだませました!」
フランスは、いたずらな顔をしているダラム卿の顔を見上げ、首をかしげて言った。
「だます? 一体、何をだますんです?」
ダラム卿が、仕立て直したドレスの入っている箱をひらいて言う。
「ドレス、ようくご覧になってください」
アミアンが、ドレスを手に取って、新しく追加された部分を見て、小さく叫んだ。
「あっ、天才です!」
「えっ、なになに?」
アミアンが持ち上げた部分を見てみる。
「あっ!」
新しく追加された布地の部分が——、すべて小さなボタンで止めてある!
ダラム卿が、やってやったという顔で言う。
「新しく追加した部分は、着脱可能なんです」
ダラム卿の、チャーミングなウィンクがとぶ。
「もとの形でも着れますよ」
ステキ―ッ‼




