表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

84/180

第84話 シャルルの彼女です♡

 フランスの視線の先にある、小さな修道院のような建物のほうから、なにかが走って来る。


 小さな、ふわふわの、りんごちゃんと似たような淡い毛色の、犬だった。


 それを見て、シャルトル教皇が言う。


「あれは、こりんごちゃんです。りんごちゃんに色が似ているので」


 かわいいいいい。

 聖下がかわいすぎるうううう。


 こりんごちゃんは、まっすぐにシャルトル教皇のところに走ってきてじゃれついた。彼は、服がよごれるのもかまわず、こりんごちゃんを抱き上げる。


 シャルトル教皇は、にっこりと笑顔で、こりんごちゃんと顔を合わせるようにして言った。


「こりんごちゃん、今日もかわいいね」


 うぅぅぅうううッ‼


 聖下が、今日もかわいすぎます。


 そのうち、なにかさわがしい音がした。目をやると、こりんごちゃんが走って来たほうから何人も走って来る。子供だった。


 ひとりの一番背の高い男の子が、こちらに向かって叫ぶ。


「シャルルー! 今日は彼女連れー⁉」


 まわりの子供たちが、それを聞いてきゃーっと笑う。


 シャルトル教皇が大きな声で返した。


「からかうなら、菓子はやらないからな!」


 子供たちが一斉に「お菓子だー!」と叫んだ。


 シャルトル教皇が、持ってきた大きな菓子箱をあける。

 焼き菓子がいくつも並んでいた。


 気づくと、まわりは子供だらけだった。


 聖下が箱を差し出すと、いっきに手がのびる。


 口々にみんな「シャルル、ありがとう」と言いながら取っていく。


 最後に焼き菓子がひとつだけ残った。シャルトル教皇は、それをフランスに「どうぞ」と差し出した。


 みんなその場で、美味しそうにもぐもぐとお菓子を食べている。フランスもならって食べようとして、やめて、半分に割って、聖下にさしだした。


 シャルトル教皇は、にっこりとして言った。


「いいのですか? ありがとうございます」


 シャルトル教皇が、フランスから菓子を受け取ると、一番背の高い男の子が、すかさず言った。


「いいのですか⁉ ありがとうございます⁉ シャルルよっぽど、その人のこと好きなんだ!」


 また、みんながきゃーっという。


「彼女にふられたら、どうしてくれる」


 聖下が、笑いながらそう言うと、小さな女の子がフランスのほうに来て言った。


「シャルルのこと、ふるの?」


 か、かわいい。


 フランスは、にっこりして答えた。


「ふらないわ」


「じゃあ、シャルルのこと、ちゃんと好き?」


 うわあ、かわいすぎる。


 フランスはためらいなく答えた。


「大好きよ」


 ほんとの、ほんとによ。


 こどもたちが、きゃーっと言う。


 ちいさな女の子が、満足した顔で言った。


「シャルルはとっても親切よ。今日もこわれた柵をなおしてくれたの。わたしが、シャルルと結婚しようと思っていたけど、ゆずってあげるね」


 女の子が、いかにもやれやれといった様子で、おしゃまな顔をした。


 持って帰りたい!


 子供たちは菓子を食べおわると、「シャルル、またね」と言って、あっという間に走り去っていった。こりんごちゃんも子供たちの後ろを追いかけてゆく。


 なんだか、すごい勢いだったわ。

 子供がたくさんいると、こんな雰囲気になるのね。


 シャルトル教皇が、子共たちの走ってゆくさきを見ながら言った。


「あそこに見えているのは、孤児院ですよ。かれらはみな、あそこで暮らしているんです」


 彼の視線の先に、修道院のように見えた石造りの建物がある。


 フランスも、そちらを見ながら言った。


「随分、気さくでしたね」


「ええ、彼らは、わたしのことを、馬番のシャルルと思っているんです」


 馬番のシャルル⁉


 こんな美人の馬番がいたらびっくりよ!


 シャルトル教皇は、子共たちが走って行ったほうに視線をやったまま、言う。


「たまにお菓子を持ってきたり、そこらの柵をなおしに来たりする、気さくな馬番です」


「なぜまた……」


「おかしいでしょう。でも、これが、理想の生活です。ただの、馬番のシャルルが。大きなことには関わらず、自分の身の回りのことを大切にする者です。収入は少なくても、頼られると、子供たちに菓子を買ったり、親切に柵をなおしたりする。それで、ああやって、からかわれたりするんです」


 シャルトル教皇が、ぽつりと、小さな声で言った。


「それって、幸せですよね」


 フランスは、その横顔を見た後で、同じように孤児院に目をやり、想像してみる。


 思い浮かんだ内容を、言葉にしてみた。


「そうして、彼女をつれてきて、そのうちに結婚をして、子供をつくるんですね」


 シャルトル教皇が、嬉しそうな声で、フランスのあとにつづく。


「そうそう。それで、そのうち、毎日奥さんに怒られてばっかりで、とか言い出すんです」


「でも、帰りに、ご機嫌伺いの花をつんでかえったり」


「いいですね! それで、家で奥さんと子供にキスして、眠りにつく」


「素敵ですね」


 すこしの間があった。


 シャルトル教皇は、落ち着いた声で言う。


「我々には、縁遠い話です」


「……そうですね」


 修道士から教皇の座へとかけのぼったシャルトル教皇には、妻を持つなど考えられないことだし、処女性を失えば力を失うという聖女フランスには、夫を持つなど考えられないことだ。


 聖女の婚姻を禁止する法はないが、聖女が異性と関係を持つということ自体が、教国では忌避されている。



 聖なる女は、主の女だから。



 シャルトル教皇は、とくに何の感情も感じられない声で言った。


「ないものねだりですね」


「——ええ、ほんとに」


 大切なものは、そばにあるのに。


 なぜ、手に入らないものは、まぶしく見えてしまうかしら。


 シャルトル教皇が、フランスのほうを見て、申し訳なさそうな笑顔で言う。


「失望されましたか?」


「いいえ」


 いいえ——。


 失望するはずがない。

 人として、あたりまえのことに思える。


 彼は、理想の生活をここに垣間見ながらも、悪魔のようだと言われるほどの手腕で、この教国を導いている。


 理想の生活が手に入らなくても、それでも——。


「それでも、教皇であることを選ばれました」


「ええ。わたしが、のぞんで手に入れたのです」


 まるで、言い聞かせるように聞こえた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ