第81話 聖下、アーメン♡
イヤーーーーーッ‼
アーメン!
アーメン!
アーメン!
アーメーーーーーーーンッ‼
*
中央の大聖堂にある、シャルトル教皇の執務室の前の廊下で、フランスは壁にかかっている絵画をぼけーっと眺めていた。
どうやら聖下は外出して、まだ戻っていないらしい。
中央大聖堂に着くと、教皇付きの、いつもの人のよさそうな顔の助祭が、申し訳なさそうにして言った。
「じつは、荘園に行かれたのですが、まだ戻られなくて」
「荘園に? この近くにお持ちなのですか?」
「はい。ここからすこし離れておりますが、馬でゆけばすぐの場所です。聖下ご自身が管理しておられる小さな荘園です」
中央にも荘園をお持ちなのね。
中央からすこし離れた場所に、大きな荘園をお持ちだとは聞いていたけれど。
人のよさそうな顔の助祭が、にっこりとして言う。
「待たれるあいだ、別のお部屋をご用意しましょうか」
そんなにかかるかしら。
でも、どこかの部屋に通されて一人でいたら——、寝そうなのよね。
月のもの二日目よ?
眠るときは、一瞬だわ。
陛下とアミアンが待つ馬車に戻ってもいいけれど……。
そんなに待たないでしょう、多分。
フランスはにっこりとして言った。
「いえ、ここで待ちます」
「そうですか。椅子だけでもご用意しましょう」
「お心づかいに感謝いたします」
そうして、フランスは、執務室の前でぼけーっと絵画を見るに至った。
とはいえ、すぐに来られると思ったのだけれど……。
来ないわね。
フランスは絵画を見ながら思わずあくびをした。
いや、そんなに大した時間もたっていないけれど、することがないから長く感じるのかもしれない。
その時、廊下の向こうから急ぐような足音が聞こえて、シャルトル教皇が姿をあらわした。フランスの姿を見ると、走ってくる。
フランスの目の前で立ち止まり、すこし乱れた息を、ひとつ長めの息をはいて整え、困ったように眉をさげて、申し訳なさそうに微笑む。
「フランス、待たせてしまって」
フランスはそこまで聞いて、脳内で叫んだ自分の声量が大きすぎて、そのあとはなんだかよく分からなかった。
シャルトル教皇は、いつもならば教皇の座にふさわしい、ゆったりとしたローブをまとっていることがほとんどだ。身体のラインがわかるような装いをすることはない。
だが、今、フランスの目の前にいるシャルトル教皇は、町にいる軽装の男と変わらない様子だった。休日の騎士、くらいの装いにも見えるが、それよりもずっと、くったりと着慣れていて、アミアンの作業着くらいの雰囲気がある。よく見ると、ひざのあたりには土汚れもある。
良い!
良すぎる!
主よ感謝いたします!
聖下のこんなお姿が見られるのなら、執務室の前で百日、いや、百年だって待てます!
フランスがまじまじと見ていることに気づいたのか、シャルトル教皇が恥じるような顔をして言った。
「すみません。荘園に行っていたら、もどりの時間を失念していて。着替える時間もとれず……。みっともない格好で……」
みっともなくなーーーーーい‼
フランスは内心の大興奮は外に出さないよう、にっこりとして言った。
「いえ、素敵です」
「はは、泥だらけなんですよ。恥ずかしい」
シャルトル教皇はそう言って、恥ずかしそうに袖のあたりをはらったりする。
……。
召される。
これ以上、この愛らしさを摂取したら、天の御国に召されてしまう。
シャルトル教皇は、申し訳なさそうな顔をして言った。
「じつは、あなたのためにお菓子を用意していたのですが、急いでいて……荘園に置いてきてしまって……」
「まあ、ご用意いただけたというだけで、身に余る光栄です。お気になさらないでください」
シャルトル教皇が、すこし悩むようにしてから言った。
「そうですね、お詫びに、どこか、近くの美味しいお菓子を食べられるところにでも行きましょうか……。それか、もし、お嫌でなければ馬で荘園の景色でも眺めにゆくか」
馬で?
フランスは、ちょっと戸惑って言った。
「馬ですか……」
「馬に乗るのはお嫌いですか?」
「いえ、あの、一人では乗れなくて」
フランスの言葉に、シャルトル教皇が微笑む。
「もちろん一人で乗せたりはしませんよ。わたしと一緒にです。ふり落としたりするほど下手ではありませんので、ご安心を」
えっ。
いっしょに?
いっしょって、どういう意味だっけ?
密着するって、意味だっけ?
フランスは、月のもの二日目の身体に馬は無理だな、とかうっすら考えていたことを、すごい勢いでひるがえし言った。
「馬に乗りたいです」
シャルトル教皇がぱっと嬉しそうな顔をした。
「気が合いますね。わたしも、荘園の景色をあなたと眺められたらなと思っていました」
気が合いまーーーーーすッ‼
シャルトル教皇が手をさしだす。
フランスは首をかしげて、彼の手の上に、自分の手をおいた。
そのままシャルトル教皇は手をつないだ状態で歩き出す。
「馬に乗るなら、その恰好ではいけないので、着替えましょうか」
「着替えですか」
「ええ、わたしの服で申し訳ありませんが、汚れてしまうので」
「聖下の服に?」
「はい。わたしの私室にありますので、そこで着替えてください」
フランスは、混乱した。
聖下とつないだ手を見ながら、一切まわりそうにない頭で、かんがえようとするが、ほんとうに、なにもわからない。
わたし、いま、なにしてるんだっけ?
手つなぎ。
着替え。
聖下の服。
聖下の私室。
——。
そこまで認識して、またしても脳内で叫んだ自分の声量が大きすぎて、そのあとはなんだかよく分からなくなった。




