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第75話 シトーの大切なものはひとつだけ

 フランスは執務室の窓から、はるかむこうの空を飛ぶ赤い竜の姿を見た。


 ブールジュ直伝の超撃退法について話し合ったあと、イギリスは赤い竜の姿で帝国に向けて飛び立った。


 ダラム卿に会いにゆくらしい。


 赤い竜の姿って、ほんと便利だわ。


 フランスが求める、どこにでもゆける自由が、赤い竜の翼に見えるのに、実際のところ、まったく自由ではなさそうなイギリスの実情に、知らずため息がでる。


 彼には、不死に縛られる不自由がある。


 自由って、むずかしいわ。


 フランスは、赤い竜の姿が、空の向こうに消えるのを見送ってから、礼拝堂に向かった。


 今日は何人か貴族のお客様が来るから……、どたばたするわね。


 フランスは今日来る予定の貴族から受け取っていた手紙を確認する。


 今回は、馴染みのない方ばかりね。


 悪いうわさもそんなに聞かないし、さほど大きな権威のある方たちでもないけれど……。


 フランスは、首をかしげた。


 なんだか、男性が妙に多いのよね。

 しかも年若い方ばかり。


 大体、いつも聖女の癒しの力を頼って来るのは、それなりに歳のいった者が多い。若い者もいるにはいるが、少数だ。


 自邸に呼び出されることもあるが、今回は教会に来ることをしぶるそぶりもない者たちばかりだった。


 十分に身体は動かせるほどの、年若い男が、こんなに急に増えるものかしら。

 戦争中なら、わかるけれど。


 礼拝堂で、ぽつんと待っていると、シトーが来た。


「あら、シトー。こんな時間に礼拝堂に用でもあるの?」


 シトーは何も言わずに、フランスの側に立つ。


 ん?


 あ、もしかして、昨日のことがあるから、ついていてくれるのかしら?


「もしかして、心配して、ついていてくれるの?」


 シトーがうなずく。


「でも、他のしなきゃいけないことがあるでしょ? また寝る時間が少なくなっちゃ心配よ」


 シトーは、何も答えず、ただ、そばに立つ。


 うーん。


 これは、何を言っても、ここから動かなさそうね。


 しばらくして、ひとりの男性が礼拝堂にやって来た。


 いかにも中堅のお貴族様という感じ。華美な装飾の服装に、自信のある顔付き、気取った感じのする男だった。


 貴族の男は、挨拶もおざなりに、なんだかよくわからない世間話を続ける。

 フランスは曖昧に返事を続けた。


 この方、何しに来たのかしら。

 どこも悪くなさそうに見えるけれど……。


 フランスが、もう話に飽きてきて、気を抜いていると、急に、貴族の男がフランスの両手をとって、ぎゅっとやった。


「聖女フランス、よろしければこの後、すこし出かけませんか。素敵な景色の見える店があるのですよ」


 は?


 まずい。何も聞いていなかったわ。

 これって、何の流れ?


 フランスが戸惑っていると、フランスと貴族の男との間に、シトーがぬっと割って入り、貴族の男の腕を、思いっきりつかんだ。


 貴族の男が、声高に不快な声で言う。


「さわるな! 穢れた北方人が!」


 なんてこと言うのよ。


 フランスは毅然として言った。


「この者は、神の前に正しい行いをする者です。聖女であるわたくしに、癒しの力以外を求めるのであれば、早々にお立ち去り下さい」


 フランスはシトーに視線をやって言った。


「はなしてあげて」


 シトーはすぐさま、男の手をはなす。


 貴族の男は、憤慨した様子で、なにか口汚く罵ってから、怒りもあらわに去って行った。


「なんなの、あれ。どういうこと?」


 フランスは首をかしげて、去ってゆく男の後姿を見送った。


 相変わらず無表情のままとなりに立つシトーに、フランスは心配になって言った。


「シトー。貴族のかたに、無礼な態度をとるのは危険だわ」


 皇帝陛下の背も押したでしょ、あなた。


「もし、そのせいで、あなたが傷つけられるようなことがあったら、悲しいわ。もうしないで」


 フランスがじっと見つめると、シトーがうなずく。


 そのあとも、訪れる貴族の若い男たちは、どこも身体に悪そうなところはなく、なんだか分からない世間話をはじめたかと思うと、そのうち、フランスをどこかに誘い出そうとする。


 最後の面会の予定を取り付けていた貴族の男は、フランスの身体に近づいて、すりよるようにして、腰に手をまわそうとした。


 なにするのよ!


 ひっぱたいてやろうと、フランスが手をふりかぶった瞬間、シトーが、貴族の男の腕を思いっきり捻り上げた。


 シトーーーッ‼


 だめだって言ったでしょうが‼


 さっきのうなずきはなんだったのか、というくらい表情を変えずに、思いっきり男の腕を捻り上げるシトーに、フランスは思わず、その腕を掴んで「やめて!」と叫んだ。


 シトーが貴族の男から手をはなす。


 情けない声を出していた貴族の男は、怒りだし、「覚えていろ」とお決まりのセリフを残して逃げるようにさっていった。


 フランスは、シトーの腕をつかんだまま、必死に言った。


「シトー! 言ったでしょ! 何かあったらどうするのよ。あなたが傷つくのが、怖いんだったら! もう、こんなことしないで!」


 すると、シトーが首を横にふる。


 フランスは、シトーの腕をぎゅっとやって言った。


「聖女であるわたしは、ある程度この地位で守られる。だけど、あなたは、助祭よ。わたしも、自分自身以外のことを、聖女の立場だけでは守れないこともあるの。だから、気をつけて」


 シトーはうなずきも、首をふりもせず、ただ、じっとフランスのことを見ていた。


 まっすぐに。



 ……。



 こんなこと……、シトーは言われなくても分かっているわね。


 わたしのために、してくれたんだわ。


 フランスは、シトーの腕をぎゅっと掴んでいた力をゆるめて言った。


「シトー。ありがとう。ほんとは……、触られそうになって、こわかった」


 シトーがうなずく。



 なんだか安心した。






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