第72話 ブールジュの置き土産
フランスは、散々だった飛ぶ練習を終えて、またしても、竜にはこばれ、馬車を乗り継ぎ、ぐったりとして教会に戻った。
迎えに来てくれたアミアンの肩をかりて、執務室にたどりつく。
フランスがげっそりとして執務室に入ると、すでにイギリスがいて、執務机に向かい、しれっとした顔で仕事をしていた。
あんなことがあったあとじゃ、真面目に仕事をしている姿を見ただけで、ちょっと笑えるわ。
フランスは、まだもうちょっとからかえそうで、何か言いたかったが、気持ち悪すぎて、長椅子に横になった。アミアンがてのひらを押してくれる。
飛ぶ練習をしたいのは山々だけれど、毎回こんなじゃ気が滅入るわね。
しばらくして、気分がましになり、起き上がると、アミアンがそばをはなれて、イギリスに近づき言った。
「陛下、聞いていただきたいことがあるんです」
イギリスが顔をあげて、言った。
「なんだ」
「昨日、ブールジュ様から、ひとつ教えていただいた良い方法があるんです」
「良い方法? 何のだ?」
アミアンが笑顔で言う。
「例の『聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしたあげく、教会を三つも建てさせて、さらに、自分の教会にひっぱりこんでいる』のうわさを真に受けて、いやがらせをしてくる女性陣の撃退方法です」
イギリスが、そうか、みたいな顔をしたが、フランスはあわてて立ち上がり、アミアンのほうに近寄って言った。
「ねえ、嫌な予感がするわ。ブールジュの提案でしょ。絶対とんでもない方法よ。それに、一昨日のブールジュとの乱闘で、もうほとんどつっかかってこないでしょ、きっと」
アミアンが、目を細くして言った。
「昨日も、ありましたよね。嫌がらせ」
フランスは目を見開いた。
シトー!
いつも何も言わないのに、今回は言っちゃったのね!
アミアンが、ちょっと怖い感じに目を細めて言う。
「シトー助祭が、半年ぶりに口をあけたと思ったら、昨日、町でお嬢様に卵をなげつけるものがあったから、ひとりで外に出すことがないようにと忠告してくださったんです」
イギリスが眉間にしわを寄せ、フランスを見て言った。
「そんなことがあったのか」
フランスは、手をひらひらっとやって言った。
「なげつけられたと言っても、シトーがかばってくれたから、わたしには一つも当たってはいません。……シトーは、卵だらけになって、ほんと、かわいそうなことしちゃいましたけど」
アミアンが、真剣な顔をして言った。
「お嬢様、今回のうわさは、もしかしたら、いつもよりひどいかもしれません」
「そうなの?」
「はい。今までは側においているからとやっかみの種になっていたのは、もと修道士でした。シトー助祭も、スタニスラス助祭も」
ん?
「まって、シトーの時もそういううわさだったの?」
「そうです。もう、この教会に来た最初の時点で良くないうわさが出回っていました。まだ、こちらに慣れていない時期でしたし、言わなかったんです」
知らなかった。
「そ、そうだったんだ」
「教会をたよりにする人たちは、人柄を直接見て、理解してくれるので、問題ないかなと思って言わなかったんです。それに、シトー助祭のときは、すぐにうわさは収まりましたし」
「そうなの?」
「シトー助祭は、北方人だからというのもあって、そこまでやっかみは大きくなかったんです。それに、彼自身が、もう、修道士中の修道士みたいな状態で、一言も何も誰にも喋らないし、方々に尽くして仕事をしている姿を見せたからか、すぐにうわさはおさまりました。聖女のさいしょの望みで、修道士を連れ出したっていうことが、悪いうわさに繋がっていただけで、これは、さほど大きなやっかみは受けていません」
ふうん。
よく考えれば、シトーも綺麗な顔してるものね。
「あと、スタニスラス助祭のときは、彼がアリアンスとすぐに結婚したので、それもすぐにおさまりました」
「うん、スタニスラスのときは、たしか、そうだったわ」
あとは、うっすらと独り歩きする、悪女のうわさが残ったのよね。
アミアンが、眉間に皺をよせて、心配そうな顔をぐっとけわしくさせて言った。
「でも、今回は、修道士じゃなくて帝国の皇帝陛下です。しかも未婚の。しかも! 今までで、一番美男です! とんでもなくお金持ちの! とびっきりの美男! 未婚!」
たしかに!
アミアンの、力強い説明に、フランスは、うんうんと頷いた。
視界の端に、ちょっと得意そうな顔をするイギリスの顔が見えた。
なるほど、そう言われると、たしかに、ちょっとやそっとのことじゃあきらめないかもね。最高権力者との結婚の可能性がちらついている以上、ご令嬢がたは引かないかもしれないわ。
アミアンが、こぶしを握り締めて、力強くつづける。
「それに、最近は鍛錬の時に、陛下のお姿を直接に見る機会もあって。よりいっそう、女性陣の、打倒聖女フランス! の勢いが高まっているみたいです」
打倒聖女フランス……。
わたしも鍛錬でもしてみようかしら。
殴り返すくらいは、できないと。
アミアンの力強い演説はつづく。
「しかもしかもしかも! 打倒聖女の勢いは、どうやら貴族のご令嬢がた以外にも広がっています。奴隷出身のものが側に近寄れるのなら、貴族じゃなくても可能性がある、みたいなうわさまで出回っていて」
フランスは昨日、卵をなげつけてきた者の姿を思い出した。
たしかに、貴族のお嬢様じゃなかったわね。
アミアンが、ひときわ大きな声で、叫ぶように言った。
「そこで!」
アミアンがポケットから何かを取り出す。
折りたたまれた羊皮紙のようなものだった。
アミアンがそれをひろげる。
「忘れちゃいけないので、ブールジュ様に書いていただきました」
フランスは、急に不安になって聞いた。
「何を?」
アミアンが胸をはって、ひろげた羊皮紙を読み上げる。
「そこらのバカ女ども超撃退法! ブールジュ直伝! 悪女中の悪女、大悪女さまを見せつけてやれー! です!」
……。
ふ、不安ーっ!




