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第69話 ダラムと仲が良い理由

「いらっしゃい。いいねえ、恋人同士で夜のデートかい?」


 居酒屋のお姉さんの言葉に、イギリスが面白がるような顔で答える。


「ああ、お忍びのデートだ」


 は?


 フランスは、思わずまじまじとイギリスの顔を見た。


 お姉さんは、きゃっ、と嬉しそうな顔をして言う。


「そりゃ、最高だね! たんと食べて、飲んでっておくれよ! ちなみに今日は、魚料理も、肉料理も用意できるよ」


 イギリスが、フランスに目を向けて言った。


「彼女が満足するほうで、たのむよ」


「お兄さんやっさしい~。素敵に美人の彼女さんは、何がお好み?」


 フランスは、ちょっとの間悩んで、答えた。


「魚がいいです」


「いいね! 飲み物はどうする?」


「スロー」


「水だ」


 フランスがスロー酒と答えようとすると、イギリスが重ねるようにして遮った。


「せっかく居酒屋に来たんだから、お酒飲みたいわ!」


 フランスは、思わず必死で、丁寧に話すのを忘れてしまう。


 こんな機会、二度とないかもしれない!

 ここで、お酒飲めなきゃ、一生後悔するかもしれないでしょ!


 居酒屋のお姉さんが、うんうん、と頷いて言った。


「そりゃ、そうだよ。ねえ、お兄さん、彼女さんが酔っぱらったら、そりゃあ可愛いよ。飲ませてやりなよ」


 イギリスが遠い目をした。


 なによ。

 一杯だけなら、あんなことには、ならないんだから。


 フランスは今のうちにと、急いで「スロー酒」と言った。


 イギリスが、嫌そうな顔をした。


「お兄さんは何飲むんだい?」


「ぶどう酒を。あと、大量の水もたのむ」


「ずいぶん過保護な恋人だね」


 居酒屋のお姉さんは、そう言って笑った。


 お姉さんが去ると、イギリスがおどすような顔をして言う。


「飲み過ぎるな」


 フランスも同じような顔を返して言った。


「過保護」


 イギリスが信じられないという顔をした。


 フランスは楽しくなって笑った。

 イギリスも表情をゆるめて、やれやれという感じで小さく笑う。


 フランスは窓から外を見た。


 見慣れない町。


 あの教会に赴任してずいぶん経つのに、ふたつとなりの町すら、フランスはよく知らない。


 こんなに、一瞬で来れちゃうのね。

 いいな。


 聖なる力を使うためとか、貴族がたとのお付き合いで別の町の邸宅に呼ばれることはあっても、教会のある町以外を散策したりすることはない。なんだか、新鮮で自由な空気が、ここにある気がした。


 お酒が運ばれてきて、ふたりで乾杯する。


 変なの。

 帝国の皇帝陛下とふたりで、居酒屋で乾杯するなんて。


 イギリスと目が合って、フランスは上機嫌の笑顔を返しておいた。


 そのうち運ばれてきた魚料理は、食べたことのない濃い味付けで、美味しかった。フランスは、お腹が満ちてきて、おだやかな気持ちになって聞いた。


「お忍びで、居酒屋によく行くんですか?」


「たまにだ」


「一人で?」


「ああ。——たまにダラムと行くこともある」


「ダラム卿とは、仲がよろしいんですね」


「そうだな。彼が子供の頃から知っているからな」


「へえ、そうなんですね」


「ああ、ダラムは——、わたしの友だった男の子孫なんだ」


 子孫……。

 そっか、三百年前にいた友人の子孫なのね。


「似てます?」


 フランスの質問に、イギリスが懐かしむように、表情をゆるめた。


「ダラムは特に、わたしの友人だった男に似ているよ。軽薄で、冗談好きで、女好きだ」


 フランスは、ぴったりのダラム卿の評価に笑った。


「そういう血筋なんでしょうか」


「かもしれない。程度の差こそあれ、あの一族の男は、大体、ああいう感じだ」


「生粋の女たらしですね」


 フランスが笑うと、イギリスもすこし笑う。


「だが、あの一族の男は、一度恋をするととことん尽くす」


「ふうん、じゃあ、ダラム卿はまだ本気の恋はしていないってことですね」


「みたいだな」


 恋か。


 聖女であるわたしには、縁遠い話ね。

 でも、なんだか素敵。


 フランスは、イギリスが傾けているグラスを見て言った。


「そういえば、お酒は飲まれますね。酔えるんですか?」


「もともと、ほとんど酔わない。ちょっと気分が良くなるくらいだ。今も味はしないが、気分だけ味わっている」


「酔わないんですね。アミアンと一緒です」


「アミアンは酒に強いのか?」


「はい。飲み比べで、何人もの男を打ち倒しています」


「たのもしいな」


 フランスのグラスが空になると、すかさず居酒屋のお姉さんが来た。


「美人の彼女さん、うちの店は黒イチゴ酒が有名なんだよ。甘くて美味しいよ~。どうだい?」


「お願いしま」


「駄目だ」


 また、イギリスが、かぶせるように遮って言う。


 まあ、そうね。

 明日は飛ぶ練習をするんだし、とっても飲んでみたかったけれど、我慢しなきゃ、ね。


 居酒屋のお姉さんが、フランスの様子を見て言った。


「ねえ、かわいそうだよ。すごく残念そうにしてる。もうちょっとだけ飲みたいんだよねえ。お兄さん、飲ませてあげてよ~。しょんぼりしちゃってるよ」


 フランスは、頑張ってかわいそうな顔をした。


 イギリスが、小さくため息をついて言う。


「黒イチゴ酒を一杯たのむ」


「うんうん、いいねえ。やっぱ恋人には弱いんだねえ」


 居酒屋のお姉さんがそう言って満足そうな笑顔で去ると、イギリスが言った。


「一口飲んだら、水を飲め。分かったな」


「はーい」


 黒イチゴ酒は、お姉さんが有名と言っていただけあって、とんでもなく美味しかった。


 はじめて飲んだけど、これ好きだわ!

 スロー酒より好きかもしれない。


 フランスは、水と交互に、黒イチゴ酒をあじわった。


 あ、そうだ。

 相談したいことがあったのよね。


「実は、お願いしたいことがあるんです」


 フランスがそう言うと、イギリスが驚いた顔で言った。


「なんだ」


「毎週、聖下に教会であったことを報告して欲しいと言われているんです。まあ……、つまり、あなたのことについて」


「なるほど」


「それで、一応、主の愛について知るために来たことになっているので、何かそういう報告できることをしたいんです」


「礼拝に出るとか?」


「それは、女性陣がとんでもないことになります」


「……」


「聖書をお読みになったことは?」


「一度読んだ」


 ふうん。

 じゃあ、あらためて読むのも、微妙ね。


「讃美歌とか」


「いやだ」


 え……。


 すごい。


 すごい速さで、しかもまあまあ大きな声で、嫌だって言ったわね。



 これは……、もしかして。






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