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第68話 お忍びのデートだ

 フランスは、やれシトーの服を洗い、夕食を持っていき、他の細々したことをしていたら、夕食を食べそこねてしまった。


 アミアンに、明日の昼まで不在にすると伝えて、部屋でイギリスを待つ。


 しばらくすると、とびらのむこうから、ネコの鳴き声が聞こえた。

 フランスが扉をあけると、ネコがこちらを見上げている。


 つやつやネコちゃん。


 フランスは、目立たない色の外套を羽織り、頭巾を目深にかぶって、ネコのあとを追った。用意しておいた袋も忘れずに持つ。


 この中身を今、食べてしまいたいくらいに、お腹が空いているわ。


 中身は、パンと塩漬け肉とチーズだ。

 どうやら肉が好きらしいイギリスの、明日の朝ごはんに用意しておいた。


 ちょっと袋をあけて匂いをかぐ。


 あ~、食べたい。

 食べてしまいたい。


 多めに持ってきたし、夜の間に一個食べちゃってもいいかもね。


 いつもの場所で、フランスは、小さな告解室のようなものに乗り込む。


 イギリスが扉をあけて立つ、その横を通り過ぎるとき、フランスの腹がとんでもない大きな音をたてた。


 フランスは、何もなかったことにして、中に入って座る。

 イギリスが、扉の外から、じーっとフランスのことを見ているのが、目の端に見えた。


 フランスはイギリスのほうは見ずに言った。


「聞かなかったことにしてください」


「夕食を食べてもそれか? 凶暴だとすぐに腹が減るんだな」


 なんですってぇ!


 フランスがにらむと、イギリスが小さく笑う。


 今は、お腹が空いているから、笑い返してなんてあげないからね。


 フランスは、目を見開いて、脅しつけるようににらみつけた。


 イギリスがちょっと身を引く。


「なんだ、まさか夕食を食べていないのか?」


「食べそこねたんです。わたし、お腹がすくとより凶暴になるので、噛まれないように気をつけてくださいね」


「……こわいな」


 うるさいわね。

 ほんとに噛みつくわよ。


 イギリスがすこし考えるようにしてから「出ろ」と言った。


 なんなの。


 フランスが出ると、イギリスは自分が着ているマントをフランスに着せて、ぎゅっと前をしめた。


「頭巾は目深にかぶっていろ。風がきついからな。近くだから、そのまま行く」


 イギリスはそう言うと、赤い竜の姿に変わって、フランスをつかんだ。


 フランスは思わず声をあげる。


「なになになにっ⁉ どういうことッ‼」


 フランスは、赤い竜に、横抱きならぬ、横掴みの状態にされる。


 フランスがわあわあ言っている間に、赤い竜が勢いよく飛んだ。


「イヤーッ‼」


 とんでもない風が顔を襲う。


 フランスは頭巾をひっぱって、風が顔に当たらないようにした。


 上昇して、しばらく飛んだかと思うと、すぐに降りる気配がした。あっという間に、地面に降ろされる。


 フランスはあまりのことに、地面にへたりこんだ。


 めちゃくちゃ、こわかった。


 イギリスに支えられて、立ち上がる。


「こっちだ」


 イギリスが、フランスの腕をつかんだまま歩き出す。


 とんでもないわ。


 しばらく歩くと、町に出た。

 まだ、そこかしこに灯りがついていて、フランスの教会のある町よりも、夜の活気に満ちている。


 イギリスが歩きながら言った。


「ここは、きみの教会のある町の、ふたつとなりの町だ。複数の町をつなぐ中継地点だから、宿屋と居酒屋が多い」


「へえ。詳しいですね」


 イギリスがなんてことない顔で言った。


「夜遊びも、たまには必要だろう?」


 そんなことしてたの?


 いいわね。


「どこに行くんです?」


 食堂かしら?


「居酒屋だ」


「えっ」


 フランスは、嬉しくて、思わずイギリスの顔を見上げた。


 イギリスが、フランスの顔を見て、いつもの無愛想な顔に、うっすらと優しげな笑顔をのせる。


「嬉しそうだな」


「居酒屋、行ったことないんです」


 そもそも、教会以外で食べること自体、ほとんどない。


 それに、居酒屋は基本的に男性が行く場所だ。男性と連れだって女性が行く場合もあるけれど……。


 シトーが居酒屋になんて行くわけがないし、メゾンとカーヴはそういうちょっとでも争いごとがありそうな場所には近づかない。


 明るい時間に、外からのぞくくらいのことはしたことがあっても、アミアンが、危ないからって、まじまじと見るほどには近寄らせてはくれない。


 それに……そういうところに行くお金の余裕もない。


 しばらく歩いて、イギリスは、立派に大きい三階建ての明るい建物に入って行った。石造りではなく、木造の建物で、雑多な作りをしている。


 外はすっかり暗くて静かだったのに、中はまるで昼間の市場のように話し声や笑い声が飛び交っている。


 いや、それよりもずっと騒がしいかもしれない。


 イギリスがフランスの腕を離したが、フランスはあまり見ない光景にちょっと不安になって、イギリスの腕をつかんだ。


 フランスは、イギリスについて行きながら、あたりをキョロキョロやった。


 すごい、みんな酔っぱらって大笑いして、楽しそう。


 案内されたのは三階の窓際の席だった。

 下の階よりも、静かで落ち着いている。


 下では大人数がバカ騒ぎをしているのも見られたが、ここはどうやら二人連れの客がほとんどのようだ。


 イギリスがひいた椅子に座って、しばらくすると、活発そうな雰囲気の、胸の大きい、いかにも酒場が似合いそうなお姉さんが来て言った。


「いらっしゃい。いいねえ、恋人同士で夜のデートかい?」


 恋人同士のデート。


 面白いわ。


 そりゃ、夜更けにふたりで居酒屋に行けば、そう見えるわね。


 不機嫌な顔でもするかと思ったが、イギリスは面白がるような顔で答えた。


「ああ、お忍びのデートだ」


 ……。


 は?





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