表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/180

第67話 なんなの、その反応

 フランスは、アミアンとシトーと三人で、修道院の裏庭の、池のほとりの地面に座り込んでいた。


 思ったより疲れた声が、フランスの口からでた。


「さすがに一時間も走り回っちゃ、疲れ果てたわ」


 アミアンが、まったく疲れの見えない声で言う。


「わたしは、あと半日はいけそうです」


 さすがね、アミアン。

 体力がとんでもないわ。


 フランスは、シトーのほうを見た。

 シトーもとくに、疲れた様子がない。


 こっちも、とんでもないのね。


 北方人って、筋肉質で体力があるっていうものね。シトーはほっそりして見えるけれど、脱いだら意外と、筋肉質なタイプなのかしら。


 ドラ息子とその取り巻きの修道士たちを、修道院中追いかけまわして一時間。フランスは、何度か逃げ回る男たちの尻を、ほうきでひっぱたいてやった。


 アミアンは、何度こづいたか分からないくらい、こづきまわしていた。しかも、しっかりと柄のほうで。


 フランスは満足して言った。


「まあ、このぐらいにしといてやるわ」


 もうこれ以上、走りたくないもの。


 三人でぼけーっと池をながめる。


 フランスはふと気になって訊いた。


「シトーの故郷って、どんなところ?」


 シトーが首をふる。


「もしかして、覚えていないの?」


 シトーがうなずいた。


 そっか。

 そういう人も多いかもね。


 物心がついた時にはもう奴隷だったり、修道院に預けられていたり、ということは珍しくはない。それだって、まだましな方だ。もっと悪い環境だって、いくらもある。


「じゃあ、なにか思い出の品とかも持っていないの?」


 シトーがうなずく。


 なんだか……、何も持っていなさそう。


 フランスは首にかけていたロケットを外して、そっと開けて、中を見た。


「見て」


 シトーにロケットを手渡す。


「それ、わたしのちいさい頃の肖像画なのよ。むかしは良いところのお嬢さんだったの。かわいいでしょ?」


 シトーがうなずく。


 アミアンが、なぜか得意げに言う。


「ふたの裏に、刻んであるでしょう? アキテーヌ公国、公女フランス。アキテーヌ公のたったひとりのお嬢様です」


 フランスは、シトーが持つロケットをのぞき込んで言った。


「すっごい小生意気な顔でこっち見てるのよね、このちびっこ公女」


 それを聞いて、アミアンが笑う。


「お嬢様、そのときに来た絵師を散々困らせていましたよ。動き回るわ、いたずらするわ、まさにその表情がぴったりでした。ほんとは、大きい肖像画を描くはずだったのに、お嬢様がてんでつかまらないんで、そのロケットにおさまる小さな肖像画になっちゃったんです」


 フランスは笑って、言った。


「この肖像画を見ると、ちょっと元気が出るのよね。この時のわたしって、ほんと毎日楽しいことしかなかったわ」


 小生意気な笑顔が、今はシトーに向けられている。


「いろんな辛いことが、この世にあるなんて知りもしなかった」


 フランスはシトーの顔をのぞきこんで言った。


「ねえ、このロケット、あなたがもらってくれる?」


 アミアンが焦ったような声で言う。


「お嬢様!」


 フランスは大丈夫よ、という笑顔をアミアンに送ってから、シトーに向き合って言った。


「これは——、わたしにとって、良い思い出のかたまりなの。でも、わたし、これ以外にも良い思い出いっぱい持ってるわ。だから、この良いやつは、あなたにあげる。わたしとの最初の思い出の品よ。ねえ、なかなかに面白かったでしょ? ほうきを持っておいかけまわすまでして」


 アミアンがやれやれと笑った。


「もうすこし、追いかけまわして、ぼこぼこにしておくべきでしたよ」


 あんなに、こづきまわしていたのに、まだ、足りないのね。


 アミアンの物言いに、フランスはくすくす笑った。


「どう? あなたが嫌でなければ、もらってほしいの」


 フランスの言葉に、シトーがうなずく。


 フランスはにっこりして言った。


「首にかけてあげる」


 シトーは、持っていたロケットを素直にフランスに渡して、首をすこしかたむけて下げた。フランスは、手をまわしてシトーの首にロケットをかけた。


 近くにあったので、ついでにシトーの額にキスする。


 アミアンが、からかうみたいに言った。


「いいなあ」


 アミアンの額にもキスする。


 それから、フランスは足を放り出すようにして座り、なんだかぽかぽかした気分で、言った。


「どこの教会に行かされるか分かんないけど、なんだか楽しみになってきたわ」


 池の上を、とんぼがのんきに飛んでいる。




     *




 フランスは、眠るシトーの前髪をそっとなでた。


 綺麗に磨かれているロケットを、シトーの胸元にもどす。


 この教会で、一番なんでもできるし、一番かしこいのはシトーだけど——、一番心配なのもシトーね。


 この教会に来て以来、ずっとシトーに頼りっぱなしだわ。


 遅くまで繕い物をして、夜明け前からパンを焼いて、教会の管理も何から何までしてくれている。


 修道院での戒律もいまだに守っているようだし。祈りの時間も欠かさない。


 もうすこし、自分に優しくしてほしいけれど。

 でも、こうやって生きることが、シトーにとっての祈りのようにも見える。


 いつか、彼がもうすこし、人と触れ合えるようになったら、抱きしめられるかしら。


 全然、想像つかないけど。


「シトー、いつもありがとう。大好きよ」


 フランスは、シトーの身体にしっかりとかけ布をかけて、額にキスをした。


 顔を離すと、シトーと目が合う。


「びっくりした! 起きてたの⁉」


 シトーがうなずく。


「あとで夕飯を持ってきてあげるから、眠って」


 シトーが、じっとこちらを見ている。


「なに?」


 シトーは何も言わない。


 フランスはにやっとして言った。


「もう一回キスして欲しいの?」


 シトーがうなずく。


 かわいいわね。


 あら、もしかして、今ならちょっとぐらい、ぎゅってできるんじゃない?


 フランスは、シトーの額にキスをしてから、シトーの肩に手をやって、シトーの頬に自分の頬をよせ、寄り添うように身を寄せた。


 やってやったわ。


 フランスが満足して身体を離すと、シトーが、壁側にむかって寝返りをうった。


 フランスが部屋を出るまで、シトーはそのまま壁に向かっていた。フランスに顔を見せないまま。


 ……。


 なんなの、その反応。



 色素の薄い耳が——、赤い。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ