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第66話 きっちり仕返しはするタイプ

 フランスは、実は喋れるらしい北方人の男と並んで、修道院の裏庭を散歩していた。


 池の近くにある、手ごろな石にふたりですわる。


「一緒に行きたいって、わたしが聖女として赴任する先に、一緒に行きたいの?」


 フランスの言葉に、男はうなずく。


「でも、一緒に来ても、あんまり大した生活はできないわよ」


 フランスは、喋れるのに喋らない男にあきれて、つい砕けた感じで話した。


 赴任先での生活に思いをはせて、うっかりため息がでる。


「それどころか、とっても苦労すると思うわ。知らないのかもしれないけれど、わたしは奴隷出身で、後ろ盾もないし——。そのうえ、めちゃくちゃ借金があるの」


 男がじっと見つめてくるので、説明する。


「教会がわたしを奴隷商から買い取った金額と、今までの教育と生活にかけたお金が全部ツケなのよ。七年分よ。しかも、一緒に買い取ってもらった同郷の女の子もいるの。合わせて二人分……。とんでもない金額になってるわ。ぜったいろくなものも食べられないくらいの生活よ」


 男がまた、フランスの前に跪く。


 何も言わない。


 なんだか、頑固な素振りにも見えるが……、切実にも見えた。


「わかったわ。じゃあ、あなたを連れて行けるように上に言ってみるわね」


 男がうなずく。


「あなたのことを上に伝えるのに、何といえば伝わるの?」


 ようやく、男はまた、口をひらいた。


 ほんとに、最低限しか喋らないわね……。




     *




 修道院の奥にある、小さな古い聖堂で、フランスは祈りの声を聞いていた。


 祈りが終わると、フランスの頭から、修道女のあかしであるベールが取られる。そして、肩に純白の立派なストラがかけられた。ユリの紋章入りだ。聖女のあかしとして、聖女にのみ着用をゆるされる。


 これで、とうとう、わたしも聖女ね。


 ストラを、フランスの肩にかけた修道院長の男が言った。


「あなたは祝福された。聖女フランス、さいしょの望みを言いなさい」


 さいしょの望み。


 これは、聖女が叙任されたときに、ひとつだけ叶えられる望みだ。


 慣例として、赴任先を言う事がほとんどだ。自身の故郷に近い地域や、後ろ盾のある地域に赴任するために。


 ブールジュの赴任先の近くを望もうと思っていた……。


 フランスは、ブールジュが、とんっでもない悪口を言う時の、悪そうな笑顔を思い出した。


 ブールジュが、西方大領主の娘で、頼りにできるというのもあるけれど。


 ただ——、会いたかった。


 友だちだもの。


 修道女には、どこかへ行くような自由はない。


 聖女になってもそれは同じようなものだ。修道女よりは自由がきくといっても、赴任先の教会から離れるようなことはできないだろう。


 後ろ盾があって、お金に余裕があれば、別だろうけれど。フランスのように、お金も後ろ盾もないものにとっては、どこかへ自由に行くことなど、夢のまた夢だ。


 フランスは、目の前に跪いて一緒に行きたいと言った北方人の男の、無表情な顔を思い出した。


 手を差しのべられるところに、この手を必要とするものがいるのなら——。



 手をとり合って、歩んでゆきたい。



 フランスは顔をあげた。


「わたくし、聖女フランスは——」


 主よ、どうか、われわれの道をてらしてください。


 フランスは、はっきりと言った。


「中央修道士会所属、最高学府首席、シトー修道士を、助祭として連れてゆくことを望みます」


 あたりがざわついた。


 修道士をひとり連れ出したいなんて、そんなこと誰も言ったことなさそうよね。


 しばらく、叙任式を執り行っていた修道院長や司教たちが、集まって何事か相談しているようだった。


 そのうちに、シトー修道士も連れてこられる。


 修道院長がシトー修道士に向かって言った。


「聖女フランスの望みは、君を赴任先に助祭として連れてゆくことだそうだ。きみは、助祭として任じられるには十分な資格を有している——。だが、きみは首席だ。のぞむならば司祭として、どこかの教会へ赴任することもできる。聖女フランスの望みを受け入れるかね?」


 シトー修道士は、はっきりと、すぐさま答えた。


「聖女フランスと、ともにいきます」


 修道院長がうなずいてから、言った。


「聖女フランスの、さいしょの望みは叶えられた。シトー修道士は、聖女とともにゆき、よく支えるように」


 前代未聞の、さいしょの望みになった。




     *




 叙任式が終わって、フランスは、アミアンとシトー修道士と三人で回廊に立ち、目を光らせていた。


 三人の手には、ほうきがある。


 フランスは、シトー修道士の顔を見上げて言った。


「ね、あなたのことシトーって呼んでもいい?」


 一応、立場上、フランスが上司ということになる。


 シトーはうなずいた。


 フランスは、しっかりと胸をはって言った。


「いい? わたしは、きっちり仕返しはするタイプよ。これは、最初の助祭としての仕事になるわ。そのほうきをしっかりにぎりしめて、大きくふりかざしてついてくるの。——分かった?」


 シトーがうなずく。


 フランスは、声を張って言った。


「喧嘩はね、気持ちが負けた方の負けよ。気持ちさえ勝っていれば、ネズミだってネコを追いかけられるんだからね」


 アミアンが、勇ましくほうきを肩にかついで、わくわくした顔で言った。


「あ、お嬢様、来ました! 来ました!」


 おっ、来たわね。


 ドラ息子が。

 目にもの見せてくれるわ。


 フランスは大声で叫んだ。


「そこの盗人修道士! 昨日はよくもやってくれたわね! 聖女フランスが成敗してくれるわ!」


 フランスとアミアンは、うわーっと叫んで、ほうきを大きくふりかざしながら、ドラ息子たちに向かって全力で走った。


 シトーも叫びはしないが、ほうきをふりかざしてついてくる。


 恐れる顔で逃げはじめたドラ息子たちに向かって、フランスは叫んだ。


「待ちなさいよ! 顔も尻も、ぼこぼこにしてやるわ!」


 アミアンが、早々に追いついて。男たちの尻をほうきでつつきながら、楽しそうな声で叫んだ。


「ほらほら~、はやく逃げないと! お尻がなくなっちゃいますよ!」





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