第65話 一緒に、生きたい
フランスは立ち上がって、ドラ息子をじっと見つめた。
さっきまで、にやにやとしていたドラ息子と、その取り巻きたちは、苦々しい顔をして黙っていた。
立場の弱い者たちが、思惑通りに争わなかったから、不満そうね。
でも、彼らも、心の内をなでる光を感じただろう。
聖女の癒しの力を使った時におとずれる光は、人の心に正直さや、誠実さを、すこし取り戻してくれもする。
もしかして、ほんのささいな罪悪感でも、感じてくれるといいけれど。
彼らも、何か憤りを感じて、それを弱いものにぶつけているのかもしれない。
でも、それは——、誠実な生き方とは言えないわ。
主よ、どうか、彼らに、自身の行いを見つめる機会をお与えください。
フランスは、ただ、何も言わずじっと、男たちを見た。
ドラ息子は、気まずそうな、面白くなさそうな顔をしたあと、小さく「行くぞ」と言って、ぞろぞろと去っていった。
フランスは、ひとつため息をついて、跪いたままの北方人の男に手を差し出した。
「あんまりずっとそうしていたら、膝が悪くなってしまいます」
北方人は、フランスの手はとらずに、立ち上がる。
あ、そうか。
ここの修道院は戒律が厳しいから……。
女性に触れてはいけないんだっけ。
そのとき、回廊のかげから、一人の小柄な修道士が、おずおずと出てきた。フランスの近くにきて、丁寧に挨拶をする。
「聖女様にご挨拶申し上げます」
フランスも注意深く挨拶を返した。
「聖女見習のフランスと申します」
小柄な修道士が、気まずそうに言った。
「その男は、わたしを助けるために、あなたのものを盗みました。お恥ずかしいことですが、わたしも奴隷出身で、さきほどの者たちから良くない扱いを受けております」
まあ、よかった。
友達がいたのね。
フランスがすこし安心したとき、小柄な修道士が嫌悪感もあらわに言った。
「わたしが、このことをあなたに告白したのは、主の前に正しくあるためです。ですが、あなたも北方人などと関わりにならないほうがよろしいですよ」
アミアンが小さく「助けてもらったくせに」と言った。
小柄な修道士がアミアンをひとにらみして言う。
「わたしは、蛮人に助けてほしいなどと頼んではいません。北方人と関わりがあるなどと思われたくはないのです」
フランスは、悲しい気持ちで言った。
「あなたが、真実を伝えてくださったことに感謝いたします。ですが、どうか、もう行ってください」
小柄な修道士は、憤慨したような顔で去っていった。
数の少ない北方人は、良くない扱いをされがちだけど、ここのはひどいわね。閉鎖的な場所だから、余計にかしら。
フランスは北方人の男に面と向かって言った。
「仲間である修道士を救おうとしたあなたの行いは立派です。わたしは、あなたのことを誇りに思います」
北方人の男は、相変わらず無表情に立っている。
どういう感情があるのかは、まったく見えない。
フランスは笑顔で「それじゃあ」と言って、彼の元から去った。
アミアンと二人で部屋にもどる。
道すがら、アミアンがくやしそうな声で言った。
「結局、ロケットは取り戻せませんでしたね」
「うん。いいのよ。物はいつかは失われるものよ」
「でも……」
アミアンが悲しい顔を、一瞬で、獰猛な顔つきに変えて言った。
「今からでも、あのいけ好かない貴族のぼっちゃんみたいな修道士を、こづいてきましょうか。本人より価値のありそうな高級な生地の修道服を、全部ひっぺがして裸にしてやったら、中から転がり出てくるかもしれないです」
「アミアン、だめよ。明日は叙任式なのよ? 今ここで騒いじゃまずいわ」
アミアンが不満げな声を出す。
フランスは、やれやれと首をよこにふって言った。
「一度、聖女に叙任されれば、聖なる力があるかぎり、その立場をどうこうはできないわ」
フランスは、アミアンと同じような、強い表情を作って、つづけて言った。
「ぼこぼこにするなら——、叙任式のあとよ」
アミアンが満面の笑顔になる。
「はい! お嬢様!」
*
あら、まだ、起きるには早いけれど。
フランスは、まだ薄暗い部屋の中で目が覚めた。
やっぱり、ロケットがなくなったの、ちょっときてるのかしら。
眠りが浅かったわね……。
アミアンはまだ寝ている。
ちょっと散歩でもしてこようかな。
フランスはアミアンを起こさないように、そっと部屋を出た。
すると、昨日と同じ場所に、あの北方人の男がいた。
あら?
また、怪我してない?
フランスは近寄って、挨拶した。
「おはようございます」
北方人の男がうなずく。その頬には、また、大きなあざができていた。
彼は、にぎりしめている右手を、そうっとフランスの前に差し出した。
フランスが首をかしげても、何も言わない。
受け取れってことかしら。
フランスは、北方人の男の手の近くに、自分の手を差し出した。
男が、手をひらいて、フランスのてのひらの上に、銀色のものをのせる。
銀色の鎖が、聞きなれた小さな、しゃらしゃらとした音を立てた。
取り戻してくれたのね。
フランスのてのひらの上に、探していた銀色のロケットがあった。
「取り戻して下さって、ありがとうございます」
フランスがそう言うと、北方人の男は、昨日と同じように、フランスの前に跪いた。
何も言わず、ただ、許しをこうように、跪いている。
……。
何も言わないんじゃ、どうしていいか分からないわね。
フランスは、ひどい色になっている男の頬に手をのばした。
あざになっている部分に、ほんのすこし触れた瞬間——、男はそうっと、ほんのわずかに、頬をすりよせるようにした。
わ。
なにそれ。
フランスは、言った。
「あなたは、癒された」
光が心をなでる。
男の顔から、ひどい色のあざが消えた。
フランスはなんとなく、その男の髪をなでた。
めずらしい色。
短い毛はやわらかい。
男はされるがままだった。
なんだか、犬をなでているみたいね。
すると、急に男が言った。
「一緒に、いきたい」
わあ!
びっくりした!
喋れたの⁉




