第63話 借金まみれの聖女さま
フランスは、案内された部屋で、ベッドに座り込んで、のびをした。
中央の修道院だから、もっと立派な部屋かと思ったけれど、そんなことないわね。
部屋には、古びたベッドと、小さな物入れがあるばかりだった。ベッドもちゃんと固い。
田舎の修道院と、何も変わらないわ。
アミアンが、となりのベッドに座り込んで言う。
「お嬢様、いよいよですね!」
フランスは頷いて答えた。
「ほんと。長かったわ。明後日の叙任式が終われば、やっと聖女として仕事ができるのね」
「たくさん働かないとですね!」
「ほんとよ~。もう借金まみれなんだから。はやく仕事させてほしいわ」
アミアンが笑う。
そして、わくわくした顔で言った。
「叙任式での願いは、何にするんですか?」
「それねえ。やっぱり、ブールジュの赴任先に近い教会にしてもらうのが良いかしら」
「いいですね! そうすれば、たまには会えるかもしれませんし」
「そうよね、もう二年も会っていないから、会いたいわ」
ブールジュが聖女教育を終えて、聖女として西方の教会に赴任してから、もう二年たつ。
フランスは、長時間馬車につめこまれて、こった肩をほぐそうと、腕をまわしながら言った。
「時の流れは早いわ……」
「二年分の借金が加算されてます」
「やめてよアミアン。現実をつきつけないでよ」
フランスが笑うと、アミアンも笑った。
「奴隷の買い取り金額と、教会で聖女教育を受けるための費用と、今までの生活費を合算すると……」
アミアンが計算しようとするので、フランスは手をふって止めた。
「やめて、やめて、アミアン。どうせ、すぐに目の当たりにするんだから、今は知りたくないわ。心臓がぎゅってなる」
アミアンが満面の笑みで言う。
「借金返済に一生かかるかもしれないです」
フランスはにやっとして返した。
「あら、いいじゃない。それなら、急ぐことないもの。できるだけゆっくり返せば、返し切らずに天に召されるかも」
「なるほど! 天才ですねお嬢様!」
「まさか、天の御国まで、取り立てには来れないでしょ」
「なら、ゆっくり返すほどお得ですね!」
「そうよ、おおきな借金の返済は、ゆっくり焦らずよ!」
フランスは、使い慣れないベッドにごろりと横になった。
アミアンがとなりに来て、ねころぶ。ふたりで、同じベッドにねころぶと、ギューギューになった。
見慣れない、ふるい天井。
フランスは、天井のしみみたいなものを、じーっと眺めながら言った。
「ここまでアミアンと一緒に来られて良かったわ。奇跡みたいよね」
「愛の力ですね!」
アミアンのなんだか力強い答えに笑う。
ふたりで手をつないで、くすくすやる。
フランスは、なんとなく言った。
「アキテーヌは、今ごろぶどうの収穫の時期ね」
「なつかしいですね。あの匂いをまたかいでみたいです」
「収穫期の甘い匂いね。あれって、最高に美味しそうだったわよね。実際に、ぶどうを食べるより美味しい匂いよ」
アミアンが笑う。
フランスは、ちょっと前に読んだ書物のことを思い出して、言った。
「ね、わたし、実は、帝国の皇帝にちょっと感謝していることがあるの」
「ええっ。まさかですよ」
変な顔をするアミアンにフランスは笑った。
「最近調べて知ったのよ」
「何をですか?」
「わたしたちが、奴隷になった時、離れ離れにならなかった理由よ」
「たまたま運が良かったんじゃないんですか?」
それも、あるだろうけど。
「ちがうわ。帝国の皇帝が、あの戦争よりちょっと前に奴隷法をかなり改善していたみたい。いろいろ改善していたみたいだけど、奴隷が望む場合、強制的に奴隷同士を引き離すことはしてはならない、とか、奴隷が望まない仕事に従事させてはいけない、とか。かなり奴隷の権利を改善していたみたい」
「へえ、意外と人格者なんでしょうか」
「どうかしらね。魔王とかなんとか言われていて、よくわからないけれど、奴隷法の件は、ほんとに、良かったわ」
アミアンが、納得いかなさそうな声でうなったあと言った。
「いや、でも、そもそも帝国がアキテーヌに攻め込まなければ、奴隷になることもなかったですけど」
「まあ、それはそうね。じゃあ、もし、帝国の皇帝にお目にかかったら、股を打つくらいはしないといけないわね」
ほんとに痛いのか知らないけど。
アミアンが、強めの口調で言った。
「思いっきりいっときましょう」
ふたりで笑う。
「あ~、教会も奴隷を買って聖女にするなら、全部お金出してくれればいいのに」
「お嬢様の力のおかげで、教会に買い取ってもらえたのは良かったですけど。結局、ぜんぶ自分で払わなきゃいけないなんて、世知辛いですね」
「ほんとよ~、せめて奴隷を買った時の金額くらい教会が出しても良さそうなもんでしょ」
「まあ、でも、お金吸い上げないと、おっきな教会建てられませんから」
「それは、そう」
二人で、お金ほしい~と言いながら笑う。
「ずっと、一緒にいてね、アミアン。どっかに行っちゃだめよ」
「はい。アミアンはずーっとお嬢様と一緒です。ふたりなら、へっちゃら、ですね!」
「うん」
フランスは起き上がって、頭にぴったりとつけていたベールを脱いだ。
「そろそろ寝ましょ。明日は、叙任式の準備、しっかりしないとね」
「はい、お嬢様」
「ねえ、アミアン、今日は一緒に寝てよ。部屋一緒だし」
「はい、お嬢様!」
フランスは、部屋にある小さな物入れの上にベールをおいて、その上に首からはずしたロケットをおく。
灯りを消して、ベッドにもぐりこむ。
アミアンとくっついて小さなベッドにいると、慣れない場所でも落ち着くことができた。
すぐに、眠りがおとずれる。




