第62話 シトーのなでなでタイム
シトーがフランスをかくまうように壁にかくすと、すぐに何かが壁に当たってつぶれた。
フランスはそれを見て、顔をしかめた。
たまご! もったいない!
いくつか飛んできたそれは、壁に当たったり、地面に当たったりした。
シトーの頭をかすめてひとつつぶれる。破片が当たらないようにか、シトーがフランスを手で隠すようにした。
一体、だれが、こんなこと。
フランスが飛んでくる方をのぞこうとすると、そちらにシトーが移動する。
すぐに、たまごは飛んでこなくなった。
シトーが壁から手をはなす。
フランスがたまごの飛んできたほうを見ると、何人かの、女が連れ立って去っていくところだった。
貴族ではなさそうだけれど、まあまあ良い服を着ている。
大きな商売をやっているところのお嬢さん、というところかしら。
これも、あのうわさへの報復……、でしょうね、きっと。
まだ、昨日のブールジュとの大暴れのうわさは出回っていないか……、それか、あのくらいじゃ、嫌がらせはなくならないのかもしれない。
……。
美男がいると、大変だわ。
フランスは、シトーのまわりをぐるりとまわった。
「やだ! けっこう当たってるじゃない!」
シトーの顔にもたまごがついている。
フランスがぬぐおうと手を出すと、シトーがよけた。
「なんで、よけるのよ! ぬぐってあげるから、じっとしなさいよ」
シトーが首をふる。
もう!
しょうがない。
さっさと教会に帰って、着替えさせて、そして、寝かしつけるのよ。
フランスは「行くわよ」と言って、大股で教会に戻った。そのままシトーの私室に直行する。シトーは何も言わずについて来た。
私室に入ってすぐ、フランスは彼に向き合って言った。
「シトー、あなたが休むまで出て行ってあげないからね」
シトーはあいかわらず無表情で突っ立っている。
「さあ、顔を洗って、服は着替えて。脱いだ服は、洗っておいてあげるから、渡しなさい」
シトーが動かないので、フランスは顔で脅しつけるようにして、せかす仕草をする。
やっとシトーが動いた。
汚れてしまった上の服を脱ぐ。どうやら重ねて着ている下の服まで汚れているようだ。全部脱いで、上半身裸になる。
シトーの胸元に銀色のロケットが揺れた。
久しぶりに見たわね。
そのまま、シトーは部屋のすみの物入れの上にある水差しから、すこしの水を使って、顔に着いた汚れをぬぐった。
よし、綺麗になったわね。
フランスは満足して言った。
「じゃあ、ベッドに横になっているのよ。あとで夕飯を持ってきてあげるから」
すると、シトーがフランスの前に両膝をついて、跪いた。
見上げることはせず、ただ正面を向いて、相変わらずの無表情で跪いている。
「シトー?」
「……」
まったく……。
何にも言わないんだから。
この状態、久しぶりに見るわね。
体調が悪そうだし、疲れちゃったのかしら。
最近、フランスが思うように仕事ができていない分、シトーが全部収拾をつけてくれている。
「触れてほしいの?」
フランスがそう言うと、シトーがうなずく。
「その前に、上着を着たほうがいいんじゃない? 冷えるわ」
シトーは動かない。
フランスはため息をついて、彼の頬にむかって手を差し出した。
シトーは、動かない。
フランスの指先が彼の頬に触れる。
触れると、ほんのすこしだけ、シトーが顔をかたむけて、フランスの手に顔をすりよせるようにする。甘えるみたいに。
しばらく、じっと、そうしたあと、フランスはシトーの頭を両手でなでた。
犬みたいなのよね。
よーし、よしよし。
なでくりまわす。
シトーのやわらかくて短い髪が、ぼさぼさっと乱れるのを存分に楽しむ。
しばらくして、ぱっと手を放す。
シトーは動かない。
あれ……、まだ、だめね。
今日は、まだ、足りないんだわ。
よっぽど、疲れているのかしら。
でも、このままだと冷えちゃうし……。
「シトー、まだ撫でてほしいなら、上の服を着て、ベッドに入って」
シトーは素直に、物入れから服をひっぱりだして着ると、さっさとベッドに横になった。ちゃんとかけぬのをかぶって。
よしよし、良い子ちゃんね。
フランスは、部屋にある古びた椅子をベッドのわきに持ってきて座り、シトーの頭をなでくりまわした。
そのうち、シトーは目をつむって、しばらくすると、寝た。
フランスは、その寝顔をじーっと見た。
あんまり寝れていないのかしら。
クマがあるわ。
午前中に、イギリス陛下との入れ替わりで、仕事ができていないしわ寄せね。悪いことしちゃったわ。
フランスは、シトーの短い髪をくるくるやって遊びながら、部屋を見渡した。
フランスの部屋よりも、物が少ない。
シトーったら、あの厳しい中央の修道院を出ても、いまだに戒律を守っているのよね。
シトーは、何か余分に物を所有したり、贅沢をするということがない。それに、女であるフランスには、絶対に触れようとしない。
修道士は身を清く保つために、様々な戒律に身をひたして生きる。
シトーが最大限自分に許した人とのふれあいは、頬に触れられたときに、ほんのわずか、自分からそこにゆだねるように顔をすりよせる、あの行為だ。
フランスは、シトーの首にある、鎖をひっぱって、銀色のロケットをたぐりよせた。
綺麗に磨かれている。
あの時から、唯一、シトーができる人とのふれあいが、この形になっちゃったのよね。
もうすこし、戒律から離れてもいいと思うけれど……。
今は、修道士じゃないんだし。
助祭なんだから、別に結婚だって、できるのに。
フランスはロケットをひらいて、中にある肖像画を見た。
なつかしい。
幼い頃の、まだアキテーヌの城に住んでいたころのフランスの肖像画だ。
小生意気な笑顔で、こちらを見ている。
フランスは、シトーと出会ったころを思い出した。




