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第61話 シトーの壁ドン

 フランスがブールジュの頬にキスすると、ブールジュも同じようにフランスの頬にキスする。


 次はいつ会えるかしら。


 ブールジュが困ったときに、飛んでゆければいいのに。

 友だちを助けにゆくことができる、自由が欲しいわ。


 それも……、贅沢がすぎることなのかしら。


 フランスは、ブールジュをぎゅっと抱きしめた。ブールジュも同じように抱き返してくれる。ぬくもりが、フランスの心まで温める。


 しばらくそうして、ブールジュは身体をはなすと言った。


「帰る前にアミアンと話したいことがあるんだけど、教会にいるの?」


「ええ、いるわ。今の時間なら、礼拝堂の掃除をしているかもしれないわね。そうでなければ、広場のあたりにいるかもしれない」


 ブールジュは、フランスの目を見て言った。


「ね、考えておきなさいよ。利用するってことも、悪いことじゃないわ。頼りにすると思えばいい」


「……そうね、考えておくわ。ありがとう、ブールジュ」


 フランスはブールジュの背中を見送った。


 見えなくなるまで。



 さて、わたしも今日のお仕事をしないとね。


 フランスはカリエールにひとつ応援を送ってから、食堂に向かった。




     *




 食堂の大きなテーブルの上に、大きめのカゴがおかれていた。かけられている布をめくると、たくさんのパンが入っている。シトーが夜明け前から焼いてくれたパンだ。カゴのとなりには、布でくるまれた荷物も置いてある。


 シトーどこいっちゃったのかしら。


 フランスは厨房をのぞいてみた。

 そこにもいない。


 おかしいわね。

 いつもなら、この時間には、ここで待っていてくれるのに。


 あ、もしかして告解室?


 フランスは礼拝堂のとなりにある告解室の近くまで行った。ちょうど、シトーが出てきたところだった。アリアンスもいる。


 今日は、アリアンスがなにか聞いてもらいたい事があったのね。


 アリアンスが、フランスに向かって丁寧に挨拶する。


「聖女様」


「アリアンス、めずらしいわね」


「ええ、すこし、話を聞いていただきたくて」


 アリアンスは、やわらかな雰囲気で、ふんわりと微笑む。


 フランスは、そういえばと訊いた。


「この前買ったなえはどう? ちゃんと育ちそう?」


「はい。なんとか、皆さんに助けていただいて、育ちそうです」


「良かったわ。今日はシトーに話して、心は晴れた?」


 アリアンスが、ふわりと笑う。


「はい。シトー様のおかげで、心が落ち着きました」


 おお、さすがシトーね。

 多分、一言もなにも話していないだろうけれど。


 聞くだけっていうのも、なかなか難しいものだしね。シトーはその点、どこでも、誰にも、なーんにも話さないから、打ち明けたくなっちゃうわよね。


 シトーは、この教会の告解室指名一位を、ずっと保っている。


 アリアンスは今日も美人ね。

 なんだか、癒される笑顔なのよね。


「カリエールなら、今、教会の裏で、帝国騎士団と一緒にいるわよ」


 フランスがそう言うと、アリアンスが、すこし困ったような笑顔になった。


 あら、不安なのね。


「可愛がられているみたいだから、心配しなくても大丈夫よ」


「はい。カリエールから話を聞くと、ほんとに良くしてくださって……」


 アリアンスが、眉尻をさげて言う。


「ただ、おそれ多くて……」


 まあ、そうね。

 他国の皇帝だもの。


 あの可愛がりようなら、心配ないだろうけれど。


 フランスは笑顔で言った。


「気にしすぎないようにね」


 アリアンスが、また癒されるようなふんわりした笑顔になる。


「はい、聖女様」


 うーん、癒し系。

 これだから、もてるのよね。


 わたしとは、真逆だわ。


 アリアンスは丁寧に礼をつくして、広場のほうに去っていった。


 さて……。


「シトー、行ける?」


 フランスがそう聞くと、シトーはうなずいた。


 ん?


 フランスは、シトーに近寄って顔をのぞきこんで言った。


「ねえ、もしかして体調わるくない? 顔色が悪いような気がするわ」


 シトーは答えない。


「町回り、行けそう?」


 シトーがうなずく。


 うーん。


 顔色が悪いけれど、シトーは頑固だし、とりあえず、さっさと行って、さっさと帰ってきて、寝かしつけよう。


 フランスはシトーと一緒に食堂にもどった。


 テーブルに置いてあるカゴをフランスが持とうとすると、シトーに奪われる。それなら布でくるんだほうを、と手を出すと、そちらも奪われる。


「シトー、持つったら」


 シトーが首をよこにふる。


「絶対、あなた体調が悪いわよ。ひとつ、持つから」


 シトーはまた首をよこにふって、そのまま歩き始めた。


 頑固ね!

 いつも持ってくれているけれど、体調が悪いときくらい頼りなさいよ!


 フランスとシトーはいつも通りの道順で、町に出て、パンをくばる。


 教会に頻繁に出ては来られない者も多い。戦争で身体の自由を失った者や、老いてひとりで暮らす者もいる。そういう人たちの家をまわる。


 パンを配り、話を聞き、必要であれば癒しの力を使う。


 シトーは、布の包みから、たまに服をひっぱりだして渡している。古着を仕立て直したものだ。


 裁縫まで得意なのよね。

 自分の修道服も、全部自分で作っちゃうし。


 修道士って、ほんと、なんでも自分でしちゃうけど、シトーはその中でも飛びぬけて、なんでもできちゃうわ。


 予定していた先を、すべて回り終えて、カゴの中身が空になり、教会へもどる道を、ふたりで歩く。


 シトーは、基本的に喋らない。


 無言で、ふたり、並んで歩く。

 馬車が通る側をシトーが、安全なほうをフランスが歩く。シトーはいつも、絶対にそうする。


 いつも無表情で、つっけんどんで、何も言わないけれど、気づくと彼の気づかいが側にある。


 教会での書類仕事もそうだ。いつも何も言わずにぽいっと渡しに来るけれど、中身はほとんどフランスが書き込むことがないほど整えられている。


 何も言わずに、教会のことも、フランスのことも、支えてくれている。



 話さなくても、居心地がいいのよね。



 シトーの気づかいが、いつだって見えるから、居心地が良いのかしら。シトーも居心地よく過ごしてくれていると良いんだけど。


 フランスが、ぼんやりとそんなことを考えながら歩いていると、急にシトーがフランスを道沿いの壁に押し付けるようにして、壁に手をついた。


 押し付けるようにと言っても、触れはしない。


 フランスを腕のなかに守るようにして、シトーが立つ。


 フランスが見上げると、すぐそこにシトーの顔があった。


 目が合う。


 綺麗な目ね。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【アリアンスは癒し系?】

アリアンス広場は、フランスの世界遺産。

小さめの広場で、並木に囲まれ、中央には噴水がある、憩いの場的な作りになっています。派手なスタニスラス広場、立派なカリエール広場と比べると、すこし地味にも思えますが、癒しスポット。噴水のてっぺんには、ラッパを吹く天使がいます。



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