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第59話 ちゃんと忘れたふたり

 フランスは、慣れない姿で目覚めた。


 何、この姿……。


 うん?


 首をめぐらせて、自分の身体を見る。

 長めでしっかりした前脚に、よく走りそうな後ろ足に、立派な尾がある。


 毛足は長めの……。


 これって、犬?


 立ち上がってみる。


 これ、けっこう大きな犬じゃない?


 狼とまではいかなくても、けっこう大きい気がする。


 なんで、ここでうずくまっていたのかしら。


 フランスの私室の扉の前だった。


 しばらくすると、扉がひらく。

 聖女の姿をしたイギリスが、また髪がぼさぼさのままでそこにいた。


 フランスはするりと、部屋に入り込んで、イギリスが扉を閉めると同時に、姿を人に戻した。


「おはようございます、陛下」


「ああ、おはよう」


「なんで、わたしの部屋の前で犬の姿に?」


 イギリスが大きなため息をついて言う。


「きみが脱走しないようにだ」


「脱走?」


「三度も脱走した」


 フランスは笑った。


 そこは本当に覚えてないわ。


「よっぽど散歩したかったんですね、わたし」


 イギリスが疲れた顔で言う。


「とんでもない、酒癖だ」


 フランスはイギリスを鏡台の前に座らせて、髪をといた。


 イギリスが鏡越しにこっちを見て言う。


「ちゃんと忘れたのか?」


 フランスは笑った。


 何よ、その聞き方。


「はい。ちゃんと忘れました」


「そうか」


 お酒でとんでもないことをしでかした後は、堂々とするにかぎるわ。


 フランスはにっこりして言った。


「ブールジュとスロー酒を飲んだあとは……」


「あとは?」


 フランスはあっけらかんとした声で言った。


「部屋に戻りました」


 イギリスが、信じられないという顔をした。


「そこから、なかったことにするんだな」


 フランスは笑った。


「はい。そこからなかったことにします」


 イギリスがやれやれというように首をふって、小さく笑う。


「たいしたものだ」


 フランスは鏡越しに、にやっとした顔を返しておいた。


 悲しい思い出も、寂しい一言も、一旦なかったことにするわ。

 都合が良くなったら、思い出しましょ。


「ところで、陛下」


「なんだ」


「飛ぶ練習はいつからします?」


「よっぽど飛びたいんだな」


「はい」


「では、今日の夜には出よう」


 やったわ!




     *




 フランスとイギリスが執務室で午後の仕事をもくもくと片付けていると、アミアンが部屋に入ってきた。


 一緒に入ってきたのは、立派な剣を背負った騎士だった。


 カリエールだ。


 フランスは、その姿を見て、思わず拍手した。


「あら、カリエール。立派な騎士に見えるわ。素敵ね」


 カリエールが満面の笑顔で得意そうにする。

 アミアンが笑顔で言った。


「陛下がくださったんですよね。その立派な剣」


「うん。ぼくのだいじな剣。ていこくせいなの」


 帝国製がなにか分かっていないらしい発音のあやしさに、おもわず頬がゆるむ。


 よく見ると、カリエールの体に合わせた小さな剣は、子どもが持っても危なくないように、全面を布張りしてあり、中綿が入れられているようだった。ぷわぷわっとした柔らかな形をしている。


 いつのまに、用意したのかしら。


 フランスはちらっとイギリスを見た。


 いつも不愛想な顔が、ずいぶん柔らかな表情でカリエールのことを見ている。


 カリエールがくるっと背中を向けて、剣を見せてくれる。


 カリエール~、かわいすぎる~。

 素敵な騎士様ね。


 アミアンも、たまらないとばかりに笑顔で言った。


「もう鍛錬の時間だから、陛下を迎えに来たんだよね?」


「うん」


 イギリスがやわらかな表情で「もう、そんな時間か」と言って、すぐに書類をわきへやって、立ち上がった。


 カリエールが、目をきらきらさせて言う。


「陛下、だっこしてください」


 すごい。


 もうちゃんと陛下って呼べるようになったのね。

 えらいわ、カリエール。


 イギリスが軽々とカリエールを抱き上げると、カリエールが太陽みたいな笑顔で笑う。


「では、行くか」


 イギリスがそう言って、行こうとすると、カリエールが、まったく小声になっていないひそひそ声で言った。


「聖女さまも、来てくれるかな」


 イギリスが、一応声を落として聞く。


「聖女も? 何か用事でもあるのか?」


 カリエールがちょっと恥ずかしそうに、大きなひそひそ声で言った。


「ぼくの、かっこいいところ、聖女さまに見せたい」


 やだ。

 かわいすぎる。


 カリエールが大きいひそひそ声で、大真面目な顔で言う。


「ぼく、聖女さまと、結婚したいから、かっこいいところ見せたいの」


 フランスは自分の口をおさえて、叫ばないように耐えた。


 心の内で叫んでおく。


『主よーッッ‼ 可愛いーッッ‼ アーメーーーンッッ‼』


 イギリスがちらっとフランスを見てから言う。


「彼女にも予定があるかもしれない。騎士らしく誘ってみるといい」


「どうやってさそうの?」


 イギリスはすこし考えてから言った。


「わたしの勇気を貴女のために捧げたいので、どうか一緒に来てください」


 カリエールが「ながくてむずかしい」と言った。


 イギリスは少し笑って、カリエールを抱いたまま、フランスの正面に立つ。


 イギリスが言う。


「わたしの勇気を」


 カリエールが、それを聞いて、同じように言う。


「わたしのゆうきを」


「貴女のために」

「あなたのために」


「捧げたいので」

「ささげたいので」


「どうか一緒に」

「どうかいっしょに」


「来てください」

「きてください」



 うわーッッ‼



 尊すぎる!


 かわいい。

 かわいい。

 かわいい。


 なんなら、両方かわいかった。


 守りたい、このふたり。


 フランスは興奮をおさえて言った。


「はい、騎士様とともにゆきます」


 カリエールが嬉しそうに笑う。




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