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第57話 魔王と聖女は、ともだちになれない

 人けのない夜の教会は、しんとしている。

 月だけが、広場をのぞきこんでいるようだった。


 フランスは、イギリスのすこし困ったみたいな表情を見て、笑顔で言った。


「ほんとうに、憎く思ったりはしていませんよ」


 イギリスが、すこししてから言った。


「どこに……領地があったんだ」


「アキテーヌです」


「……ずいぶん豊かな地で育ったのだな」


「ええ、とても美しい場所でした。だったと思います。もう、ほとんど思い出せなくなってきましたけど」


 フランスはすこし迷ってから、言った。


「アキテーヌと戦争をしたときのことを、覚えていらっしゃいますか?」


「ああ、覚えている」


「わたし、当時は幼かったので、あまりしっかりと覚えていないんです。なぜ、戦争になったのか、聞いてもいいですか?」


 イギリスは、ゆっくりと思い出すように話し始めた。


「帝国は、帝国と言ってはいるが、内情は連合王国のようなものだ。いくつもの公国の集まりで、なりたっている。あのころ、アキテーヌはずっと隣の国と境界地のことでもめていた」


「ああ、思い出しました。そういえば、ずっと隣の国といがみあっていましたね。小競り合いみたいなことが頻繁に起こっていたと、使用人たちが話しているのを聞いたことがあります」


 イギリスはうなずいてつづけた。


「アキテーヌのとなりの国は、そのうち帝国の傘下に入った。そうなれば、帝国はその国のために動くことになる。得られる利益と引き換えに」


 まあ、想像していた通りだった。


「それで、ある日急に、帝国軍がやってきたんですね」


「最終的な判断は、わたしがくだした」


 フランスは、微笑んで言った。


「あなたは、とても誠実ですね」


 イギリスが怪訝な顔をする。


 最終的な判断は自分がくだした、だなんて、あえて言う必要もないのに。責任は自分にあると明言する姿は立派に思えた。


 フランスは、アキテーヌで暮らしていた城のことを思い出しながら言った。


「アキテーヌ公を殺せと、お命じになりましたか?」


「……いいや」


 そっか。良かった。


 命じていたなら、すこし辛かったかもしれない。


 フランスは、すこし考えてから言った。


「アミアンと出会っていなかったら、もしかして、陛下のことを憎んだり恨んだりしていたかもしれません」


 イギリスが首をかしげる。


「アミアンと?」


 フランスは頷いて続けた。


「アミアンの母親は、わたしの乳母だったんです。ある日、急に城に連れてこられた美しい人でした。当時は分からなかったんですけど、すこし大きくなって物事がわかるようになってから……、分かったんです」


 月がしらしらと雲を照らしていた。


「彼女は、まるで戦利品みたいに、城に連れてこられた人でした」


 うつくしい人の姿を雲の向こうに見る。


「アミアンは、昔のことは覚えていないっていうんです。でも……、嘘だってわかるの。彼女は、嘘が下手だから。アミアンと、アミアンの母親がもともとどういう身分でどこにいたのかは知りません。でも、間違いなく、わたしの父が彼女たちから故郷をうばって、無理やりに連れ帰って来たのだと思います。誰も教えてくれなかったけれど、幼くてもそのことはなんとなく分かりました」


 月にやさしく雲がかかる。


「アミアンは、最初からずっと私に優しかったんです。優しいだけじゃなくて、本当の妹みたいに大事にして、お嬢様って笑顔で呼んでくれました」


 フランスはイギリスを見て言った。


「彼女がわたしに愛を与えてくれたから、わたしもそういう愛を持とうと決めたんです」


 アミアンは、奪われたのに、与えてくれた。


 しばらく二人とも、月をながめた。


『あなたにも、アミアンのように、愛を与えてくれる人はいますか?』


 訊ねてみたいけれど、それはことさら残酷なことのように思える。

 昔いたとしても、今は失われているかもしれない。


 皇帝という立場は、人との繋がりを得やすいものには思えない。


 食堂でのイギリスの人好きする様子を思い出す。もともとは、ああいう気さくなところがある人なのかもしれない。


 大公国で、護衛もつけずにひとりでいたイギリスの姿も思い出す。使用人たちがおそれるように顔を下げる姿も。


 フランスはスロー酒でふんわりしたまま、イギリスにひとつ言いたくなった。


 いや、さすがに不敬すぎるわ。


 でも、いまは、酔っ払いだから。

 言っちゃえ、言っちゃえ。


 フランスは、言った


「わたしと、ともだちになりませんか?」


 イギリスは驚いたようにフランスを見てから、しばらくして顔をそらした。


「そろそろ部屋にもどれ」


 まあ、そうよね。

 失礼が過ぎるわ。


 イギリスが立ち上がって手をさしだす。


 フランスはその手を取って、立ち上がり、マントを返そうとした。


「部屋まで着ていろ」


 そう言って、イギリスは律儀に部屋の前までフランスを送った。


 部屋の前で、フランスはイギリスの顔を見上げて言った。


「さきほどは、身の程をわきまえない発言でした。酔っぱらいの戯言です。どうぞ、ご容赦ください」


 イギリスは不機嫌な顔で言う。


「そんな風に思ったわけじゃない」


 そのあと、イギリスはぽつりと一言、まるでとりこぼすみたいに言って、さっさと行ってしまった。


 マントも受け取らずに。


 彼の口から出た言葉は、フランスにはどう慰めていいかもよく分からなかった。



「きみも、先に死ぬ」



 イギリスは、たしかにそう言った。



 親しくなった者がみな、先に老いて死んでゆくというのは、どんな心地がするのかしら。


 誰かによりそわれるほどに、傷ついたりするのかしら。



「これは、とっても、つらいわ」



 月の明かりは、まるで他人事のようにこちらを照らしていた。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【アキテーヌ】

フランスのボルドーのあたりにあった、アキテーヌ公が治める国で、英仏の係争地です。

英仏間の百年戦争は、イギリス領となっていたアキテーヌの奪回をフランスが目指したことが開戦の要因の一つです。古くからブドウ酒の産地として知られる豊かな土地。



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