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第56話 聖女は、酔い始めている

 フランスは立ち上がって言った。


「ブールジュ、そろそろおひらきにしましょ。宿まで近いといっても、遅くなりすぎたら心配だわ」


「え~」


「明日また会えるでしょ?」


「うん、数日いるつもりよ」


「うれしいわ」


「……」


 またブールジュがすねたみたいな顔をする。


 恥ずかしくなると、すぐ、だまるんだから。

 かわいい。


 フランスは食堂のとびらを開いて外に出た。


 廊下のはしに、ちょこんとネコが座っている。ネコのよこに、何か小さな包みが置かれていた。


 何を持ってきたのかしら。

 つやつやネコちゃん。


 フランスはネコに近づいた。ネコは、何かされるなんて思ってもいない様子で、こちらを見上げている。


 フランスは、おもむろにネコを抱き上げた。


 ネコがちいさく「にゃ」と鳴いた。


 フランスは、脳内で言葉に変換してみる。


 そうね……、『なにをする』とかかしら。それとも、『やめろ』?

 どっちにしろ不愛想な顔でね。


 ネコはまるで、抱かれなれてません、というように身体を固くした。


 ブールジュが近寄ってきて言う。


「あら、ネコ飼ってるの?」


「ううん、この子は最近……、半分教会に住んでるの」


「ふうん、毛並みつやつやネコちゃんね」


 ブールジュがネコの背中に顔をうずめるみたいにして匂いをかぐと、ねこの手がフランスの肩でぎゅっとなった。


「ねえ、すっごくいい匂いがする!」


「そう?」


 フランスもネコの身体に顔をうずめるみたいにして匂いをかいだ。


 ほんとね。

 すごくいい匂い。


 何の香りかしら。

 なんの香りともいえない香りなのよね。


 陛下自身がいい匂いとか?


 そういえば、マントをかりた時もいい香りがしていた気がするわ。


 ねこの手がさらにぎゅっとなった。尻尾が左右にぶんぶん揺れる。


 ご不満ね。


 ブールジュが乱暴にネコの顔をなでくりまわし、耳をぴこぴこして遊んだあとで、満足した顔で言った。


「見送りはいいわよ。すぐそこに侍女を待たせてるから」


「気をつけてね」


「また明日ね」


「うん」


 ブールジュの背中を見送りながら、フランスはネコの背中を満足いくまでしっかりなでた。


 ふわふわ~。

 つやつや~。


 ブールジュの姿が完全に見えなくなると、ネコが小さく愛らしい声で、不満を伝えるようにした。フランスは名残惜しい気持ちで、ネコをはなした。


 あ、しまった。

 たまたまもにもにしておけばよかった。


 すると、ネコのすがたが男の姿にかわる。


 イギリスが、とんでもなく不満そうな顔で目の前に立っていた。


「酔っているのか」


「酔っていません」


「典型的な酔っ払いの答えだな。一体何杯飲んだんだ」


「スロー酒を三杯」


 イギリスが信じられないという顔をした。


「飲んだうちに入るのか、その量は」


 フランスは、その意見は気にせずに訊いた。


「食堂にご用ですか?」


 イギリスは壁際に置かれていた包みを取り上げて、フランスの手に置いた。


「なんですか?」


「昼間に塗ったのと同じ薬だ。夜も塗っておけ」


「ああ」


 やさしいのね。

 わざわざ持ってきてくれるなんて。


「ブールジュに癒しの力で治してもらったので、もう大丈夫です」


 イギリスが、今気づいたという風に言った。


「ああ、彼女も聖女だったな」


「……」


「……」


 フランスは、もう終わりかな、と思って言った。


「では、わたくしは、これでしつれいします」


「待て」


 イギリスがフランスの腕をつかむ。


 フランスは自分のうでを掴んでいる手をみた。


 大きい手ね。

 聖下の手より、男らしくて大きい感じがするわ。


 あたたかい。


 フランスは、若干さだめずらい視線をイギリスにやって言った。


「なんでしょう」


「なんでしょう、ではない。きみの部屋はそっちじゃないだろう」


「そっち? ……どっち?」


 イギリスがため息をついた。


 フランスは、ぼんやりした頭で言った。


「散歩するんです。酔ったから」


「散歩? どこまで行くつもりだ」


「あっち」


 またイギリスがおおきめのため息をつく。


 掴んでいろ、というように腕をさしだされて、フランスはアミアンにするみたいに両手でぎゅっとつかまった。


 おおきいアミアンね。


 フランスは上機嫌で歩いた。


 つきあたりに来るたびにフランスが「こっち」とか「そっち」とか言うほうに、イギリスは歩く。


 教会の広場にある噴水のところまで来た。


 月明りに、水がゆらゆらと光を反射している。


「ここで、すこし夜風にあたってから、もどります」


 フランスがそう言うと、イギリスはマントを脱いでフランスの肩にかけた。


 あたたかい。

 ネコちゃんと同じ良い匂いがする。


 聖下の花のような香りはどきどきするけれど、これはなんだか安心するような雰囲気の香りだ。


 フランスが噴水のへりにすわると、イギリスも隣にすわった。


 まだ、付き合ってくれるのかしら。

 ずいぶん、優しいのね。


 フランスは、しばらくだまって、そこらの暗がりを見つめたり、月を見上げたりした。イギリスはだまったまま、となりに座っている。


 フランスは、ふと気になって聞いた。


「さっきの話、聞いていました?」


 となりにすわるイギリスの横顔を見上げる。


 イギリスは、フランスの方は見ずに、言った。


「ああ」


 やっぱり、あの時の物音は、陛下だったのね。


 きれいな横顔ね。

 戦争が好きそうになんて、見えないけれど。


 じーっと見つめていると、イギリスがこちらを向いた。


 フランスがへら~っと笑うと、イギリスはすこし困った顔をした。



 なに、その顔。


 かわいいわね。



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