第54話 ふたりで、お茶会
「きみひとりで解決できることではないと言ったが、撤回するよ。赤い竜も青ざめるほど凶暴な戦いぶりだったな」
イギリスがそう言って、お茶を入れたカップを差し出した。
フランスはお茶をうけとりながら、笑顔で言った。
「まあ、お褒めいただいて、光栄ですわ。赤い竜はすっかり青ざめて、かわいそうなほどです」
イギリスがむっとした顔をする。
フランスも、なによ、という顔を返した。
ふたりでじとっとにらみ合う。
ふと、イギリスが表情をゆるめて小さく笑った。
あ、またね。
そうやって、腹立たしいことを言った後に、おかしそうに笑うんだから。
フランスも、つられて笑った。
「いじわるばっかり言わないでください。ちゃんとひとりで解決できたし、これでしばらく喧嘩を売ってくるご令嬢は、まあ、少なくなるでしょう」
それでも、ちょっかいを出してくる者は、いるかもしれないけれど。まわりでちらほらと、喧嘩の様子を伺うように見ていたご令嬢たちが、いいかんじに噂をまき散らしてくれるだろう。
イギリスが、カップを持ち上げて言う。
「また、わるい噂が流れるからか?」
フランスはにやっとして答えた。
「聖女フランスが、聖女ブールジュの髪をぜんぶひっこぬいた、くらい尾ひれがついた噂になるといいんですけれど」
イギリスが笑った。
「きみと互角に戦っていた聖女は、結局、何をしにきたんだ」
「ああ……」
たしかに。ただたんに、暴れに来たみたいに見えるわね。
でも、きっと、そうじゃないわ。
「彼女……、聖女ブールジュは、わたしの古くからの友人なんです。聖女になる前は同じ修道院で、聖女教育を受けていました」
「友人? なかなか容赦ない戦いぶりだったが」
「これは、わたしの予想ですけれど……」
イギリスがすこし首をかしげるようにして、先を促すような仕草をした。
「彼女、たぶん、あの新人の聖女がここへくることを、どこかで知ったんじゃないかと思います。ブールジュがいなければ、きっと、わたしは、あの新人聖女にすこし苦労させられたかもしれません」
「新人聖女に?」
「ええ、彼女、この教区をまとめるガルタンプ大司教の遠縁らしいので、わたしが直接手をあげれば、大司教からにらまれることになります」
イギリスが頷いて言う。
「だから、きみの友人は、新人には手を出さずに、きみと二人で、あのおそろしい戦いを見せつけたのか」
おそろしいは、余計よ。
「ええ、ブールジュは、なんというか、何も言わないんですよ、いつも。何も言わずに、だれかのために行動できる子なんです」
フランスはひとくちお茶を飲んでから、言った。
「助けてあげるなんて言わないし、やりかたがとんでもないので、よく誤解されるのですが、とっても優しい子なんです。今回も、わたしが苦戦するだろうからって、きっと駆けつけてくれたんだと思います」
イギリスが、小さく笑って言った。
「やりかたがとんでもないところが、きみと似ている」
「わたしは、あそこまでではありません」
また、イギリスがいじわるな顔をする。
「いや、きみのほうがひどいかもな」
フランスがむっとした顔を向けると、イギリスがまた小さく笑う。
すぐ、いじわるなこと言うんだから。
フランスはため息をついて言った。
「まあ、たしかに、城を破壊しつくすなんて、ブールジュでもしでかさないですね」
イギリスがおかしそうに言った。
「まだ、気にしていたんだな」
「気にします」
「気にするな。わたしはむかし、城をみっつほど破壊した」
「えっ!」
イギリスがにやっと笑って言う。
「城にあった、国宝も破壊した」
意外すぎるわ。
なんでもそつなくこなしそうなのに。
フランスは正直に言った。
「意外です」
「だれも赤い竜の力について、教えてはくれなかったからな」
そっか。
たしかに、あんな力、教えてもらわなければ、まわりを破壊しながら自分で学んでいくしかないわね。
フランスは身に染みて言った。
「大変だったでしょうね」
イギリスは肩をすくめて、なんてことないという感じで答える。
「まあ、そうだな」
フランスは、そういえばと思い出して、にっこりとして言った。
「わたし、飛べるようになりたいです」
イギリスが、疑うような顔をした。
「できる気がしない」
「なぜです?」
「きみは、どんくさすぎる」
なんですってえぇぇぇ!
「どんくさくありません」
「そうか」
「そうです!」
イギリスがゆっくりと、ひとくちお茶を飲んでから言った。
「なぜ、飛びたいんだ」
フランスも、ゆっくりお茶を飲んでから答える。
「飛んだら、自由な感じがしないかなと思って」
「ベルンの泉でも自由を願っていたな」
よく覚えているわね。
「はい」
「なにが、そんなに不自由なんだ?」
うーん。
何と答えたものか、わからないわ。
そう思う理由は、ひとつじゃないもの。
自分でも、よく分かっていないところもある。
「不自由をしているというわけではありません。ただ……」
ああ、これかな?
「好きなところには、行けないから」
「行きたい場所でもあるのか?」
「まあ、いろいろと。それより、どこまで飛んだことがあるのか教えてください」
フランスは、茶菓子をつまんで聞いた。
なんだか、他国の皇帝と、こんなになんてことない雰囲気で雑談しているなんて不思議ね。
お茶がなくなるまで、イギリスは飛んだ場所について、教えてくれた。
今は保養地になっている有名な温泉地で、竜の姿のまま湯につかって、はじめて服がずぶぬれになることを知った話で笑う。




