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第53話 赤い竜は青ざめて、お茶をいれる

 フランスは、まわりの様子をうかがった。アミアンが現れたことで、ブールジュ以外は戦意喪失していそうだった。


 いまだにアミアンのうわさって、修道院にひびきわたっているのね。


 フランスは、いったん落ち着いた空気の中で、新人聖女に向かって言った。


「さっきの威勢の良さはどこにいったの? お嬢ちゃんも、こっちに来て参加しなさいよ」


 ブールジュが、面白がっているような声で言う。


「そうよ、髪の毛むしりとってあげるし、お尻もけとばしてあげるわよ。さっさとこっちに来なさいよ。フランスから教会を取り上げてやるんでしょ?」


 新人聖女のとなりで、彼女の侍女が袖をひいて、おそれるように言った。


「お嬢様、アミアンがいるんじゃ無理です」


 新人聖女は、くやしそうな顔をして、吐き捨てるように言った。


「あなたたちの野蛮さには、付き合っていられないわ」


 きびすをかえして、新人聖女は足早に立ち去っていった。


 ブールジュが腕を組んで言う。


「なに~、あんなもの? 最近の聖女って、やわやわね。ったく」


 人だかりが、やれ、騒ぎは終わりかと崩れ始める。


 ブールジュが、遠巻きにこちらを見ていたメゾンとカーヴに目をつけて言った。


「ちょっと、そこの。がたいだけ良さそうなの」


 雑に手をふって呼びつける。


 メゾンとカーヴは、びくびくした様子で小走りに寄ってきた。

 がたいの良さに反して、動きは小動物じみている。


 ブールジュが、ずっしりとしていそうな袋をわたして言う。


「今日は、広場を騒がせちゃったから、これで飲んで食べて騒ぐわよ! ぶどう酒やら買ってきて!」


 あたりから歓声が上がる。


「ちょっと、ブールジュ」


「いいでしょ。どうせ、この騒ぎでみんなろくに商売できなかったんだろうし」


 フランスがとがめようとすると、ブールジュは楽しそうな顔で笑った。


 まったく。


 フランスは、ふと気になって、さっきまでアミアンがいた二階の廊下を見た。


 イギリスと目が合う。


 フランスは、しっかり見ていたでしょうね、という意味をこめて笑顔を送った。イギリスはほとんど無表情の顔に、一瞬ほんのすこしの驚きを浮かべた後、ちいさく笑って、きびすをかえした。


 天幕に戻るのかしら。


 相変わらず、表情がとぼしいわね。

 でも、わたし、なんとなく表情の変化が分かるようになってきた気がするわ。


「あれがうわさの赤い竜?」


 フランスの耳元でブールジュが言う。


「ちょっと、ブールジュ、言い方に気をつけて」


「ふん。こっから聞こえやしないわよ」


 ブールジュは、用事は済んだとばかりに、言う。


「宿に戻るわ」


「どんちゃん騒ぎにしておいて、放っていくのね」


 ブールジュがにやっとして言う。


「夜になったら、あんた、付き合いなさいよ。劇薬ぐらい甘いスロー酒持っていくからね」




     *




 なんだか、すっかりとんでもない騒ぎに巻きこまれて、今日、全然仕事してないわね。


 噴水につっこんでびしょ濡れになった服を着替えて、フランスは急いで執務室に向かった。


 広場での宴会騒ぎは、アミアンとシトーにまかせて、こちらは残りの仕事を片付けなければならない。


 夜になったらまたブールジュが来るもの。

 急いで終わらせないと。


 フランスは、執務室の扉を、そのまま開けそうになって、寸前で止まる。


 あ、陛下がいるかもしれないんだった。


 扉を叩くと、中からイギリスの声で「はいれ」と返事があった。


 今日は、午後もここで仕事するつもりなのね。


 フランスは「失礼します」と言って入った。


 自分の執務室なのに、変な感じ。


 しばらく執務室で、ふたりとも静かに仕事をした。部屋に、ひかえめに、それぞれの音がする。


 意外と、居心地が悪くないのよね。


 フランスはちらっと、イギリスを見た。


 姿勢よく机に向かって、迷いなく手元の報告書らしきものを読んだり、サインをしたりしている。


 手元を見ていたイギリスが急に、視線だけフランスに向けた。


 わ、びっくりした。

 見ていたの、ばれていたんだわ。


 何か文句を言われるかと思ったが、イギリスはおだやかな声で言った。


「疲れたのか?」


「え……、ああ、そうですね。疲れたかもしれません」


 そういえば、両頬うたれているのよ。

 顔面もふくめて、全身つかれたわ。


 フランスは、ひりひりする両頬をさすった。


 領主の娘ちゃんも、ブールジュも、容赦なく叩くんだから……。


「待っていろ」


 イギリスはそう言って出ていくと、しばらくして戻ってきた。


 うしろに使用人がつづき、執務室のふるびた応接用のテーブルにお茶と茶菓子がならぶ。


 すてきな香りのお茶ね。


 使用人は支度を終えると、すぐに出ていった。


「すこし、休め」


 イギリスにそう言われて、応接用の椅子にすわる。


 イギリスは、フランスの目の前にすわって、自らお茶を入れた。


 皇帝陛下の入れるお茶だなんて、贅沢ね。

 茶菓子も高級で、美味しそうだわ。


 たまには、こういう贅沢も必要よ。今日はなんだか散々だったし。


 フランスが、気を抜いてぼーっとその様子を見ていると、イギリスがいじわるな顔をして言った。


「きみひとりで解決できることではないと言ったが、撤回するよ。赤い竜も青ざめるほど凶暴な戦いぶりだったな」



 ……。



 なんですってぇぇぇ。



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