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第51話 聖女のたたかいかた、教えてあげる

 フランスは前をゆくアミアンにつづいて、小走りで教会の広場にむかった。


 イギリスもついてくる。


「二階からのぞいたほうが、様子がわかりやすいかもしれません」


 アミアンがそう言って、階段を上がる。


 広場は、四方を教会の建物にかこまれている。教会の建物の二階部分はすべて、広場に向かって壁のない開放的な作りになっていて、広場の様子をよく見ることができた。


 広場の一部は屋根付きの小さな市場のようになっていて、屋根のない場所には、ふるい噴水があり、ちょっとした憩いの場になっている。


 フランスが二階の廊下から手すり越しにのぞくと、噴水の近くに人だかりができていた。


 たしかにこれでは、一階から近寄っても様子が分からなかったかもしれない。


 人だかりの中央に、四人の女がいた。うちふたりは、聖女だ。聖女にのみ着用をゆるされる、ユリの紋章入りの純白のストラを身体にかけている。


 ひとりは、ブールジュだけれど……。

 もうひとりは知らない顔ね。


 最近、ひとり引退したと言う噂だから、その後釜の新人かしら。


「アミアンは、ここにいて。必要になったら、呼ぶわ」


「はい、お嬢様」


 イギリスがついてこようとするので、フランスはふりむいて言った。


「陛下も。ここで、どうぞ見物してらしてください」


 フランスは、一階に降りて、人だかりの真ん中に押し入り、大きな声で言った。


「ちょっと、わたしの教会で、何を騒いでいるのよ」


 ふたりの聖女が、フランスに顔を向けた。


 ブールジュが、いかにも気が強そうな顔に、にやにやといじわるな表情をのせて言う。


「あら、フランス。やっと現れたわけ? あんまり出てこないから、耳でも遠くなったんじゃないかと心配していたわよ」


「……ブールジュ」


 目がギラついている。


 もう完全に戦闘態勢じゃないの。


 フランスは一応、口元だけ、笑顔にして「久しぶりね」と言った。


 もうひとりの聖女を見ると、さげすむように、あごをつんと上げてこちらを見ていた。


 あら、かわいらしくて、若い子じゃない。

 なんだか……敵意むきだしだけれど。


 どっちも、ギラついているわね。


 見知らぬ聖女が、表情と同じように、つんとした声で言った。


「あなたが、うわさのフランス?」


「はじめまして、あなたは?」


「知る必要などないわ。出自のあやしい穢れた聖女には、名乗る必要もないでしょ」


 あら、そう。

 最初から、とばすわね。


 典型的な、奴隷出身のものをさげすむお嬢様気質だわ。


 フランスは、やれやれとため息をついて聞いた。


「高貴なご身分らしい聖女さまが、わたしの教会にどのようなご用がおありなのかしら?」


 ブールジュが、いじのわるい顔で、にやにやしながら言う。


「この子、あんたに、喧嘩を売りにわざわざ来たらしいわよ。新人って、ずいぶん暇してるのね~」


 その意見には賛成するわ。


 新人聖女が、ブールジュをひと睨みしてから、フランスに言った。


「帝国の皇帝陛下に主の愛を伝えるのが、あなたのような最低の聖女だなんて、教国の恥だわ。今日から、この教会はわたくしが管理します」


 最低の聖女ですって。


 やだ、素敵ね。

 わくわくしちゃう。


 それにしても、教会の乗っ取りでもするつもりなの、この子。


 ブールジュが、馬鹿にする表情で言った。


「このどあほの新人は、タプタプの遠縁らしいわよ」


 ちょっと……。


 フランスは口元に手をやって、笑いそうになるのをこらえた。


 また、口が悪くなってない?


 ブールジュも貴族のお嬢様出身なのに、会うたびに口が悪くなっている。


 にしても……。


 フランスは首をかしげて、言った。


「タプタプ?」


「あれよ、あの、たぷたぷしてるじゃない。あの、名前なんだっけ……。ほら、ここの、くそ覚えにくいフルネームの大司教」


 新人聖女が、怒りの表情で叫んだ。


「ガルタンプ大司教様を愚弄するなんてどういうつもり!」


 フランスは、思わず顔をそむけて、手で隠した。笑いそうな表情を隠す。


 ブールジュ! ほんとに口が悪いわね!

 もう、笑っちゃうでしょ。


 タプタプ……。


 フランスはいかにも美味しいものいっぱい食べています、といった風貌のガルタンプ大司教を思い出した。


 なるほど、この教区の大司教の遠縁だから、この新人聖女ちゃんは権力をふりかざすような言葉でおどしてくるのね。


 フランスは、真面目な顔になんとか戻して、新人聖女に向かって言った。


「この教会は、わたしが任されている教会よ。不満があるなら、大司教からの正式な任命書を持って来なさい」


 持っていないだろうけど。

 持っていれば、まっさきに、ふりかざすはずだし。


 そもそも聖女の赴任先は、大司教一人がどうこうできるものでもない。


 新人聖女は、何の問題もないでしょ、という顔をして言った。


「そんなもの必要ないわ。奴隷なら、奴隷らしく、高貴なものの言うことを聞いていなさい」


「もと奴隷だけれど、いまは、あなたと同じ聖女よ。あなたの言うことをだまって聞く必要はないわ」


「なんですって! 後悔するわよ」


 後悔するわよ~ん。


 フランスは頭の中で、新人聖女のまねをした。


 ブールジュが、にやにやしながら口をはさむ。


「新人ちゃんは、何もわかってないのねえ。この女は、あんたの持ってる権力なんて、なんとも思っちゃいないわよ。わたしの持っている権力だって、なんとも思っちゃいないんだから」


 新人聖女が怪訝な顔でブールジュを見る。


 あら、この子ブールジュのこと知らないのね。

 とんだ世間知らずさんだわ。


 フランスは、ひとつため息をついて、新人聖女に言った。


「聖女ブールジュは西方大領主の娘で、西方大司教区の大司教も親戚よ」


 新人聖女は、それを聞いて、すこし顔を青ざめさせた。


 西方大領主と言えば、教国で一番大きな領地を持つ貴族だ。西方大司教区において、同じ一族が領主をつとめ、大司教の任もつとめている。聖俗どちらにおいても権力をふるう、古い一族だ。


 ブールジュがいじわるな顔で、新人聖女に向かって言う。


「あんた、何もわかっちゃいないようだから、教えてあげるわ。聖女同士のあらそいごとは、聖女同士の力で解決するしかないのよ。後ろ盾とかは、関係ないの。意味わかる? こういうことよ」


 ブールジュはそう言ったかと思うと、思いっきりフランスを突き飛ばした。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【ストラ】

司教、司祭、助祭が礼拝の際に使用する、首から掛ける帯のこと。


【ユリの紋章】

ユリの紋章と呼ばれていますが、実際はアイリスの花を様式化したもの。フランス王家の紋章として有名ですが、キリスト教では三位一体・聖母マリアの純潔・受胎告知の大天使ガブリエルを象徴するものとされています。


【くそ覚えにくいフルネームの大司教】

サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ大司教。

サン=サヴァン・シュル・ガルタンプ修道院付属教会は、フランスの世界遺産。

迫害から逃れてガルタンプ川沿いに逃れてきたキリスト教徒のサヴァンにちなんだ名前で、『ガルタンプ川沿いの聖サヴァン』という意味があります。


【ブールジュの古い一族】

ブールジュ大聖堂は、フランスの世界遺産。

古代ローマ時代にガリア最初のキリスト教共同体を抱えたのがブールジュでした。3世紀以降、地下礼拝堂や聖堂が建てられ、とても長い歴史を持っています。


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