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第50話 ひとりの問題よ! ふたりの問題だ!

 フランスは、ミディおばあちゃんの手をとって、言った。


「ミディおばあちゃん、ありがとう。とっても助かっちゃった」


 ミディおばあちゃんは、もういつもの優しくて可愛いにこにこ顔にもどっていた。


 フランスの顔を見て言う。


「あら、かわいらしい子だね」


 いつもの、色々なことを忘れてしまう、ミディおばあちゃんだった。フランスはその頬に、キスした。


 ミディおばあちゃんに何もなくて良かった。


 アミアンも暴力はふるわれていないようだし、不幸中の幸いだわ。


「アミアン、ミディおばあちゃんを、おねがいね」


「はい」


 フランスは、アミアンとミディおばあちゃんの背を見送ってから、イギリスに向かって謝った。


「陛下、申し訳ございません」


 イギリスが怪訝な顔をする。


「なぜ、聖女があやまる」


「陛下が、わたくしの姿になっている間に、ご迷惑をおかけしましたので」


 イギリスが、じっとフランスの瞳を見つめて、言った。


「昨日もあったのか」


「はい」


「朝から背が痛んだのも、そのせいか」


「……はい」


「原因は、わたしか」


「まあ……、そうですね」


「ならば、どちらの問題でもある。あやまる必要はないだろう」


「寛大なお心に感謝いたします」


 イギリスはくもった表情のまま「来い」と言ってフランスの腕をつかんだ。つかんだと言っても、その力は気遣うようにそうっとだった。


 イギリスは、フランスを天幕に連れてゆき、椅子に座らせると、一度出て行った。もどったときには、手に、美しい細工の小物入れをもっていた。


 イギリスがとなりに座って、小物入れの蓋をあける。

 薬草のような、にがみのある香りが、ふわっと香った。


 軟膏ね。

 高そう。


 イギリスが無表情に言った。


「脱げ」


 え……。


 脱げ、と言われても、ここで?


 フランスが動かずにいると、イギリスが言った。


「背中をひどく打たれただろう、背中だけ見えるようにすればよい」


 とは言っても、この服、上半身を出すにはほとんど脱がなきゃいけないんだけど……。


「あとで、アミアンに塗ってもらいます」


「だめだ。これは騎士たちも使うものだが、あとが残らないようにするには、早くに塗る必要がある」


 フランスの口から思わず、めんどくさい気持ちがそのまま出る。


「え~」


「いいから脱げ」


 フランスがあきらめて服に手をかけると、イギリスが目をつむった。


 上半身だけ全部ぬいで、ぬいだ服をかかえるようにして前をかくす。

 フランスはイギリスに背をむけるようにしてから言った。


「脱げました」


 すると、イギリスが背中に軟膏をぬりはじめた。


 あんまりそっと塗るものだから、くすぐったい。


 つい逃げる。


「動くな」


 動くなと言われても、くすぐったいのに。


 しばらく耐えると、イギリスが言った。


「もういい。服を着ろ」


 ふりむくと、イギリスがまたきっちりと目をつむっていた。


 フランスは服を来てから、その顔をじっと見た。


 ふうん、目を閉じているとこんな感じなのね。

 まつげ長い。


「着たのか?」


 わ、びっくりした。


「はい、着ました」


 イギリスは目をあけると、言った。


「女はおそろしいな」


 なんだかすごく実感をともなう言い方だった。


 疲れた様子にも見える。


 ひとくくりに『女はおそろしい』なんて、言い方によっては反発したくなるが、今回に限っては、同情せざるをえない。


 誰だかわからない女から、難癖をつけられて、寄ってたかってぼこぼこにされるなんて、はじめてのことでしょうね。


 隣国のお姫様以来の、女性恐怖を植え付けていないといいけれど。


 かわいそうに。


 フランスは、ちいさくため息をついてから言った。


「そうですわね。陛下は関わりにはならないでください」


 イギリスは、そう言われるとは思っていなかったのか、少しの間戸惑ったあと、不機嫌な顔で言った。


「そういうわけにはいかない」


「いいえ、関わらないでください。これは、わたくしの問題です」


「われわれの問題だ」


「そんなことありません。彼女たちは、ただ、あの噂を鵜呑みにして、わたしに対して不満を抱いているだけです。陛下には何ら関わりのないことです」


 あの噂、『聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしたあげく、教会を三つも建てさせて、さらに、自分の教会にひっぱりこんでいる』が、彼女たちの不満のもとなら、諸悪の根源は聖女フランスだ。


 たぶらかされている皇帝陛下は、彼女たちにとっては、悪女中の悪女フランスから解放してやらねばならない存在くらいに思われているだろう。


 イギリスが、眉間にしわをよせて言う。


「きみひとりで解決できることではない」


 あら、そんなことないのよ。


「できます。今までもそうしてきました」


 イギリスは、すこし困ったような顔をして言う。


「きみのことを心配して言っているんだ」


 優しいのね。


「それは……、ありがたいことですが」


 優しさを無下にするようで申し訳ないけれど、その好意は受け取れない。中途半端な助けは、より彼女たちの怒りを増長することになるだろう。


「陛下がわたくしの肩をもつような態度をとれば、火に油をそそぐだけです」


 それならいっそ、遠ざけるようにしてくれたほうが良い。


「中途半端に関わるほど、彼女たちの思い込みは強まります。関心のないふりをしていてください」


 フランスがそう言うと、イギリスが不満そうな顔をした。


 天幕の外から声がかけられる。


「陛下、アミアン様がお越しです」


「通せ」


 イギリスがそう答えると、アミアンがあせったように走り込んできた。


「お嬢様!」


「アミアン、どうしたの」


「今度は、広場で騒ぎが」


 フランスは、天を仰いだ。


 またなの、もう。


「今度は、一体なにごと?」


「ブールジュ様です」


 ブールジュ!


「もう来たの⁉」


「それと、どなたかは存じ上げませんが、もうひとり聖女様がおられました」


 聖女……。


「新人かしら」


「かもしれません。おふたりが広場で言い争っておられて……」


 フランスの口からおおきなため息が出る。


 やれやれだわ。

 またおそろしい女のさわぎね。


 まったく、楽しいわ。



 わたしの教会で、好き勝手はさせないわよ。



 フランスは、立ち上がった。



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