表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

49/180

第49話 魔王、陰湿ないじめを体験する

 アミアンは、聖女フランスの姿をしたイギリスの腕をぎゅっとつかんで、ひきよせた。


 ここは、教会の者以外は、立ち入り禁止なのに……。


 アミアンの目の前には、領主の娘がいる。昨日、町に捨ててきた侍女も一緒だ。


 アミアンは、衝突をさけようと、イギリスの腕を引いて、別の方向へ向かおうとした。だが、その先にも、何人かの女があらわれる。


 ああ、まずい。


 領主の娘の、いつもの取り巻きの令嬢たちだった。それぞれの侍女もいる。


 お嬢様がそばにいれば、なんとかなったかもしれないが、この状況はまずい気がする。陛下だけでも、走って逃げられるだろうか。


 ううん……、無理っぽい。


 行く先をすべて、領主の娘と、その取り巻きの令嬢たちがふさいでいる。


 アミアンとイギリスは食堂で昼食を終えて、執務室へと戻るところだった。フランスは仕事が立て込んでいるからと、食堂には行かなかった。


 お嬢様のいる執務室は、まだ先だ。


 ここからじゃあ、叫んでも聞こえないし……。


 すると、侍女ではなく貴族の令嬢が、アミアンの腕を両側からつかんだ。これでは、ふりほどけない。無礼を働けば、アミアン自身だけではなく、お嬢様の立場があやうくなる可能性もある。


 アミアンは、ぐっと耐えた。


 別の令嬢たちが、アミアンにするのと同じように、イギリスの両腕をつかんで、引きずってゆく。


 教会内の、人気のない回廊のすみに、つれていかれる。

 ちょうど、大きな柱のせいで、まわりからは見えにくい。


 叫べば、声はひびくかもしれないが、ちょうど昼食の時間で、まわりに誰かがいる気配はない。あたりは、しんとしている。


 アミアンは腕をつかまれたままだったが、イギリスは令嬢二人に乱暴に壁に向かってつきとばされていた。


 ああ、陛下。

 どうしよう!


 イギリスが壁に手をついて振り返り、アミアンに視線を向ける。


 どうすべきか、様子をうかがうような表情があった。


 アミアンは小さく首を横に振った。

 立場的に、失礼を働いてはいけない相手だと伝えたかった。


 こんな仕草で伝わるかな。


 イギリスは、小さく頷いて見せた。


 伝わったのかな。


 でも、どうしよう。

 どうすれば陛下を、助けられるだろう。

 こんなとき、お嬢様なら、きっといい方法を思いつくのに。


 アミアンは、令嬢たちの腕をふりほどくこともできず、ただ不安な視線を返すしかできない。


 領主の娘がイギリスに向かって言った。


「昨日は、よくも馬鹿にしてくれたわね」


 イギリスが怪訝な顔をする。


「あら、今日は言い返さないのね。あなたって毎回、不愉快だから、いつもそうやって黙っていなさいよ。奴隷らしくね」


 まわりの女たちが笑う。


「あなたみたいな、うっとうしい女がいたら、皇帝陛下もうんざりしちゃうでしょ。だからこれは慈善活動みたいなものよ。貴族のたしなみよね」


 またまわりの女たちがくすくすと笑った。


「昨日言っていたでしょ。侍女同士の遊びだって。これも、わたしたちの遊びよ。べつに聖女を傷つけるわけじゃない。ただ……、お遊びがすぎて、あざはいくらかできるかもしれないわね」


 取り巻きの令嬢が二人がかりでイギリスをおさえつける。聖女フランスの姿をしたイギリスよりも、二人の令嬢のほうが背が高い。


 背の高い女たちに無理に押さえつけられて、イギリスは地に膝をついた。


 どうしよう、どうしよう!


 自分が処罰されるだけですむのなら、今すぐつかまれている腕を振りほどいて助けにゆくのに。


 領主の娘が、地に膝をつくイギリスの背をおもいっきり蹴った。


 イギリスは、顔をしかめて耐えていた。


 領主の娘が言う。


「いつも、散々不愉快なお喋りをしているくせに、声のひとつも出せないの? 痛がるなり、許しを乞うなりしてみたらどう?」


 アミアンは、勢いよく膝をついて、領主の娘に懇願した。両側からきつくつかまれている腕が痛んだ。


「おやめになってください! どうか! どうか、わたしに罰を与えてください。昨日、無礼を働いたのは、わたしです。どうぞ、蹴るなら、わたしのことを蹴ってください。お願いします!」


 領主の娘は、馬鹿にするような笑いをひとつ、アミアンに放って、あとは無視した。何度も、イギリスの背を蹴る。他の令嬢や侍女たちにまで、聖女の背を蹴るよう命じた。


「お願いします! 蹴るなら、わたしのことを、蹴ってください! どうか!」


 アミアンが必死に言うほど、まわりの令嬢たちが、くすくすと笑う。


 ああ、陛下!

 お守りしたいのに!


 その時、大きな声があたりに響いた。


「なにをしておる!」


 令嬢たちが驚いて、声のしたほうを振り向く。

 アミアンも見た。


 ミディおばあちゃん!


 ミディおばあちゃんは、いつものニコニコした顔に、こわい表情をつくって叫ぶように言った。


「大勢でよってたかって、ひとりをおとしめるとは! 恥を知らんか!」


 領主の娘が、肩を怒らせて、叫び返した。


「薄汚い老婆が、誰に向かって口をきいているの!」


「薄汚いのは、おまえたちみたいな娘のことだ。さっさと教会から出て行け!」


「なんですって!」


 領主の娘が、ミディおばあちゃんに近づき、手をふりあげる。


 そのとき、聖女フランスの大きな声がひびいた。


「やめなさい!」


 アミアンは、ふり向いて、その瞳を見つめて、確信した。



 お嬢様だ!



 フランスが、迫力のある顔で言う。


「その方に、手をだせば、あなたのお父様が中央からお叱りを受けることになるわよ」


 フランスの迫力のある様子に、すこしたじろいだ様子の領主の娘が、強がるように言った。


「はっ、なんなのそれ。いまさら、おしゃべりしはじめて。負け惜しみ? 薄汚い老婆がなんだというの」


「その方は、教国の発展に私財をなげうって尽くされたリケ様の伴侶よ。あなたも、高貴な生まれで、たしかな教育を受けているのなら、リケ様の名は知っているでしょう? 一等勲章を持つお方よ。たとえ貴族であっても、この教国で彼女に無礼をはたらくことはゆるされないわ」


 領主の娘が、憤るように息をした。


 その憤りをぶつけるような足取りで、フランスのもとへ行くと、勢いよく頬を打つ。


「お嬢様!」


 アミアンが叫ぶと、フランスが制するように手をあげた。


 いつもの仕草だ。

 いつだって、こうして守ってくださる。


 お嬢様……。


 フランスが、まるで何の痛みも、不愉快さも感じていないという微笑みを浮かべて言った。


「今日のお遊びは、このくらいになさってはいかがでしょう」


 まるで落ち着き払ったフランスの物言いと、微笑みとは裏腹の冷たい視線に、領主の娘と、その取り巻きたちはひるんだようだった。


 領主の娘が言う。


「これにこりたら、調子に乗って、皇帝陛下のまわりをうろつかないことね」


 領主の娘はそう言って、去っていった。


 アミアンは、フランスのもとに走り寄った。


 フランスが、立ち上がり、心配そうな顔で言う。


「アミアン、あなた、まさか打たれたりしたの?」


 アミアンが首をふると、フランスはほっとした様子だった。


「陛下にも悪いことしちゃったわね。まさかこんな乱暴なことするなんて」


 お嬢様は、いつもそうだ。

 ご自分のことは一番最後におかれて、人のことを心配する。


 もっと、お役に立てればいいのに。


 フランスが笑顔で言う。


「アミアン、ミディおばあちゃんを送っていってあげてちょうだい。あの子たちとはちあわせたりしないように」


「お嬢様をおいていけません」


「大丈夫よ。入れかわった途端に、ぼこぼこにされていてびっくりしたけどね」


「聖女」


 そこに走ってきたのは、イギリスだった。





***********************************

 おまけ 他意はない豆知識

***********************************

【リケ様?】

ミディ運河は、フランスの世界遺産。

運河の建設プランを発案したのがピエール=ポール・リケです。

国家プロジェクトとして建設されたミディ運河ですが、国家予算だけでは足りず、なんとリケは家財を売り払ってまで私財をつぎ込み、ミディ運河を完成させようとしました。

しかし、彼は運河の完成を見ることなくこの世を去り、彼の逝去からわずか7ヶ月後にミディ運河が完成しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ