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第47話 女のうわさは、馬よりもはやい

 フランスの目の前で、貸衣装屋がうかがうようにして、わらう。


 午後の教会の執務室で、フランスは、支払いの金額を聞いて、目をほそめた。そのまま、突き放すような声で言う。


「おかしいわね。前回より、ずいぶん、値がはるじゃない」


「まあ、今回は、調査対象の範囲も大きかったですし。移動するのにも、ねえ、それなりに、かかりますから」


 フランスはさらに目をほそめて、貸衣装屋を見た。


 貸衣装屋が、おそれるように上半身をすこし後ろにたおす。


「それは、これまでと変わらないでしょ。あなたが教国中から、衣装を集めてまわる仕入れ先で、情報を仕入れてくるんだから」


「まあ、そうですけど……。それに、前回、延滞料をサービスしたじゃあないですか」


 フランスは、目を見開いて、顔ごとつきだすようにして貸衣装屋を見た。


 貸衣装屋が、おそれるように一歩下がる。


 フランスは音量をあげて言った。


「サービスしたなら、最後までサービスしなさいよ! 別のところから、取ってやろうだなんて、ふてぶてしいわね!」


 貸衣装屋がなさけない顔をして、身体をくねくねした。


「そ……そう言われちゃあ、そんな……、だって……」


「だっても、なにも、ないわよ。ちゃんとした金額払ってるんだから。延滞料分の追加金額はなしよ」


「ああぁ」


 貸衣装屋が、顔に両手をやって、絶望したみたいな顔をする。


「なに?」


 フランスが、顎をあげて責めるように言うと、貸衣装屋はがっくりと肩をおとして言った。


「……なんでもないです」


 ふん。


 わたしから、金を巻き上げようだなんて。

 今度やったら、尻をけりあげてやるからね。


 フランスは貸衣装屋に向かって、たっぷりと顔でおどしつけるようにしてから、力を抜いて言った。


「情報はとっても助かるわ。またお願いね」


 貸衣装屋が、このままじゃ帰れないとばかりに、食い下がる。


 やけくそ気味の笑顔だった。


「衣装のご利用予定はないんですか? 今回も派手なやつを仕入れてありますよ! ギラギラの悪趣味のアクセサリーも!」


「うーん、今のところ、ないわね。しばらく昼餐会も茶会も断る予定だし。おおきな晩餐会とか、夜会はなさそうだしね」


「ええぇ」


 貸衣装屋は脱力して、ふらふらっとしたかと思うと、壁にくっついて、腹いせにするように、ひとつ壁を打った。


 ちょっと、見えてるわよ。


 貸衣装屋は、下唇をつきだしたまま、帰っていった。


 フランスは椅子に座って、執務机の上で、貸衣装屋がもってきた書類をほどいた。


「まったく、けっこうな金額はらっているのに、まだがめようとするんだから」


 やれやれよ。

 情報を買うのが、一番お金がかかるわ。


 フランスは、書類にさっと目を通す。


 アミアンが、そこらを片付けながら言った。


「今回の調査はどうですか?」


「そうね、前回とたいして変わらないかもね。また、これを手紙と照らし合わせなきゃいけないと思うと、肩がこるわ」


「すこし片付けたら、散歩にでも行きましょう」


「そうね」


 フランスは、もくもくと手紙をやっつける。


 聖女の癒しの力を求める手紙が七割ほど、のこりは社交的なお誘いの手紙だ。


 聖女の癒しの力を求める手紙には、貸衣装屋から手に入れた情報をもとに、金額を決めていく。


 貸衣装屋は、色んな場所から衣装を仕入れる仕事柄、あらゆる町の情報を手に入れやすい。集めた情報を売って、裏で情報屋をしている。


 良い情報も、悪い情報も、混ぜて持ってくるが、大体は悪いもののほうが多い。


 もっと良い話も、たくさんあるといいのに。


 フランスが特に頼んで集めてもらっているのは『苦情』のようなものだ。どこそこの領主は、税をとりすぎているとか、身分の低いものを不当に扱うとか、あとは、どんな裁判をして勝ったとか負けたとか。


 悪い情報が複数あがってくるような相手には、とくにとんでもない高額を提示する。


 そうして、相手があきらめて、別の聖女のところへ行ってくれれば、成功。提示した金額をはらうと言うのなら……、成功、と言いたいが、これは失敗だ。


 陰のある者とは、できるだけ、関わらないことが重要よ。

 後ろ盾もないのだから。


 社交的なおさそいは、さらに注意深く情報と照らし合わせる必要がある。


 貴族たちの社交の場は、奴隷出身のフランスにとっては、苦痛を感じる場でしかない。


 美味しい料理が出る点だけは、楽しみね。


 やれ、こっちにつけだの、あっちと関わるなだの言われなくて、誰もつっかかって来ないなら、料理だけは食べに行きたいくらいよ。


 フランスは、ぼやいた。


「聖女なんて、後ろ盾がなきゃ、ろくなもんじゃないわね。どうにかして、うまいこと利用するか、取り込むかしてやろうって手合いばかりで、やんなっちゃう。かといって、相手によっては、断りづらいものもあるし」


 ためいきがでる。


 フランスは、次の手紙をとって、思わず声をあげた。


「うわ」


 アミアンが片づけをしていた手をとめて、フランスを見る。


「どうされたんです?」


「ブールジュからだわ」


「ブールジュ様、お久しぶりですね」


 中身を見て、また思わず声が出る。


「えっ!」


「ひどい内容ですか?」


「明日、来るって……」


「え、また急ですね」


「いつも、急すぎるのよ」


 アミアンがわくわくした顔で言う。


「今回は、どんな騒ぎを持ってこられるんでしょうか」


「いやな予感がするわ……」


 手紙にある、聖女ブールジュの勢いのある署名を見て、フランスはやれやれと首をふった。


 心しておいたほうがよさそうね。


 そのとき、フランスはふと、聞きなれない音に気づいた。


「ん? なんか騒がしくない?」


「ほんとですね。窓の外からっぽいです」


 アミアンとふたりで、窓から外を見る。


 執務室の窓は、教会の裏側に向いている。イギリスの天幕があるほうだ。


「ああ、帝国騎士団が鍛錬しているのね」


「あ、陛下もおられます」


 天幕の近くで、十人ほどの騎士たちにまじって、イギリスがいた。


「ほんとね。一緒に鍛錬するのね。ああしていると、服装では分からないわ」


「たしかに、みんな騎士服じゃなくて、ああいう身軽な格好でするんですね」


「まあ、騎士服だと、鍛錬するには動きづらいかもね」


「ああしていると、みんな、非番の日の居酒屋にいる騎士って感じです」


 フランスは笑った。


「そうね。実際、あの感じで町にいるんじゃない? 騎士たちは街の宿屋に分かれて泊まっているんでしょ?」


「はい、陛下がそう仰っていました。使用人たちも、夜は宿屋にとまっているそうです」


「えっ、そうなのね」


「はい、使用人も騎士も、交代で教会に通って勤めているらしいです」


「なるほどね」


 使用人をべったりと側に置くタイプじゃないのね。赤い竜の力があるから、護衛も常には必要ないんでしょうし。


 アミアンが、感心したように言う。


「陛下は、めちゃくちゃ目立ってますね」


「遠目にも美男ね。スタイルがいいし」


 アミアンが、さらに感心した様子で言った。


「お尻がちっちゃくて、足が長いです」


 たしかに。


 イギリスが、ひとりの騎士と打ち合いをはじめると、黄色い声があたりにひびいた。


 フランスはびっくりして言った。


「えっ、なになに、この声」


 アミアンが窓から、おもいっきり下をのぞき込んで言う。


「わ、下に、いつのまにか人がいっぱいですね。女性ばっかり」


 フランスものぞき込む。


 教会側に人だかりができていた。下のほうの窓から、顔をつきだして手をふっている者もいる。


「ほんとね。そういえば今日、礼拝堂でもやたら女性の姿が目につくと思ったら、帝国騎士団目当てで集まってたのね」


「みなさん耳が早いですね。訓練、昨日からはじまったばかりなのに」


「女のうわさって、ほんと、どんな馬より早いわね」


 帝国騎士団の訓練という名の、ただの運動不足解消らしい鍛錬は、昨日からはじまった。カリエールが、剣の使い方を教えて欲しいと言ったその日に、始まったばかりだった。


 アミアンが指さして言う。


「あ、カリエール!」


 えっ、どこどこ!


 カリエールが、小さな棒切れみたいなものを、騎士のひとりからわたされていた。


 フランスは大声で叫んだ。


「カリエールー! かっこいいわー! すてきー! がんばってー!」





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 おまけ 他意はない豆知識

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【ブールジュ】

ブールジュ大聖堂はフランスの世界遺産。

正式名称はサン=テチエンヌ大聖堂。

フランスにおけるゴシック美術の傑作のひとつとされていて、その価値はシャルトル大聖堂とも並べられるほどです。


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