第46話 カリエール、魔王さまに父の姿をみる
フランスがどうしていいかわからぬまま、じっと席にすわっていると、カリエールが、じーっと見つめてくる。
すごく、見ているわね。
何かしら。
何が、そんなに、カリエールの興味をひいちゃったのかしら。
カリエールが、きらきらした目で言う。
「魔王さま、かっこいいね」
それは……、そうね。
フランスは、とりあえず「ありがとう」と返しておいた。
でも、魔王さまと呼んじゃだめよ。
だれか、訂正してあげてくれないかしら。
カリエールがまた、大きなひそひそ声で、イギリスに向かって言った。
「魔王さま、ちょっと、父さんに似てる」
「そうなのか?」
イギリスが聞くと、カリエールが大きく頷いて言った。
「うん。かっこいいところが似てる」
カリエール、やめてえ、泣いちゃう。
それで、じっと見ていたのね。
たしかに、カリエールの育ての親のスタニスラスも、美男だったわ。ここまでじゃないけど。それに、背格好が似ているわね。
カリエールにとっては、スタニスラスこそが、短い間であっても父親としてそばにいた唯一のひとだ。産みの親は、カリエールがまだほんの赤ちゃんのころに戦争で死んでしまった。
カリエールが、ひそひそ声はあきらめたのか、普通の声で、イギリスに言った。
「魔王さま、剣のつかいかた、教えてくれないかな」
「剣を使いたいのか?」
「うん、ぼく、騎士になりたいの」
イギリスはすこし考えるようにしたあと、言った。
「午後に帝国騎士団の鍛錬の時間がある。その時間になら、教えてくれるんじゃないか?」
そう言って、イギリスがフランスを見た。
カリエールも、期待のまなざしで、フランスを見る。目がこぼれおちるんじゃないか、という勢いで見開いてこちらを見ていた。
フランスは頷いて「いいよ」と答えた。
カリエールが、なんだかそわそわとした様子でイギリスに言う。
「魔王さま、抱っこしてくれないかな?」
イギリスはよどみなく答える。
「ちゃんとお願いしてみなさい。『陛下、抱っこしてください』と言えば、してくれる。ただし、ごはんを食べ終わってからにしなさい」
カリエールがお行儀よく返事をした。
「はい」
しっかり、教えることは教えるのね。
さすが、マナーに厳しい帝国ね。
カリエールが、まじめな顔で言った。
「魔王さまへいか、ごはんを食べ終わったら、抱っこしてください」
かわいいいい。
魔王さまへいか、かわいいいい。
魔王さまはいらないのよ、カリエール、でも、かわいいわ。
イギリスがようやっと訂正する。
「陛下、だけでいいぞ」
「へいか、抱っこしてください?」
「そうだ」
フランスは、カリエールに視線を向けられて「いいよ」と答えた。
カリエールがわくわくした顔で言う。
「いそいで食べるね」
イギリスがすかさず言う。
「ゆっくり食べなさい」
「はい」
ちょっと、自信なくなるわ。
わたしより、しっかり、カリエールと接しているんじゃない?
その時、アミアンが料理をはこんできた。
「はい、こちらは、お肉多めです」
アミアンがそう言いながら、イギリスの前に皿を置く。
けっこう、お肉のってるわね。それで、最近、夜まで全然おなかすかなかったのね。
アミアンが自分の食事は置いておいて、イギリスと交代してミディおばあちゃんの世話をしようとした。フランスは、それを止めて、自分がミディおばあちゃんのとなりに行く。
どうせ、食べられないんだしね。
イギリスはときおり、カリエールの世話をやきながら、食事をはじめた。アミアンも、一緒に食事をする。雑談もまじえながら、三人が食事をする様子を見て、フランスは嬉しくなった。
なんだか、とっても親し気な雰囲気だし。
楽しそうね。
仲良く過ごせるのは、とっても素敵だわ。
イギリスは姿勢よく座って、ゆっくりと食事を楽しんでいるようだった。
お育ちが良さそう。
三百年も食べられなかったのなら、もっとがっついてもおかしくないような気がするけれど……。やっぱりマナーにきびしい帝国人だからなのかしら、綺麗に食べるわね。
それに、本当に、美味しそうに食べている。
お肉を味わうようにゆっくりと、もぐもぐして、なんだか可愛い。
フランスが、ミディおばあちゃんのかゆをすくおうと手をやると、ミディおばあちゃんがにっこりして言った。
「おやおや、美男さんだねえ」
「こんにちわ、ミディおばあちゃん。イギリスといいます」
「なんだか、聞いたことのあるような、名前だねえ」
「はは、そうですか」
帝国の皇帝の名前ですよ、おばあちゃん。
今日も、ミディおばあちゃんは、にこにこで可愛いわ。
癒される。
ミディおばあちゃんは、もうすっかりほとんど、色々なことを覚えてはいられなくなっているが、いつもニコニコしていて、みんなから人気のおばあちゃんだ。
身寄りも財産もないから、食事はほとんど教会でしている。町のみんなが、交代でお世話をしているような状態だ。
今日は、大きなお母さんが連れてきてくれたのね。
しばらくすると、イギリスが手をとめてじーっと皿の上の肉を見つめた。
一切れだけ、大きい肉が残っている。
あ、もしかして、お腹いっぱいなんじゃないの? その身体で食べるには、ちょっと多すぎると思っていたのよね。
イギリスはじーっと肉を見つめたあと、手をだそうとした。
アミアンが言う。
「それ以上食べたら、眠くなっちゃいますよ」
イギリスがそれを聞いて手をひっこめた。
しかしまだ肉を見ている。
食べたそうよ。
食べさせてあげてよ、アミアン。
フランスは思わず言った。
「一切れくらい、食べすぎても大丈夫よ」
あ、しまった。
つい、油断していつも通りの話し方をしてしまう。
言い直す。
「大丈夫だろう」
アミアンがフランスのほうを向いて言った。
「眠くなりますよ?」
アミアンの視線はこう言っていた。
『眠くなるのは、お嬢様ですよ?』
いいのよ。
そんなの、ほっぺでもつねってりゃ、起きられるんだから。
フランスが「大丈夫、大丈夫」と言うと、アミアンが「まあ、じゃあ、大丈夫でしょう」と言う。イギリスがそれを聞いて、最後の一切れを口にした。
もぐもぐしている。
フランスはそれを見て満足した。
食事がおわると、カリエールがすっとんできた。
フランスも、ミディおばあちゃんの世話を終えてから、立ち上がって、カリエールと向かい合う。
カリエール、もうけっこう大きいのよねえ。
普段のわたしなら、抱っこは無理ね。
よし。
気合をいれて、いくわよ。
フランスは気合をいれたが、思わぬ軽さで、ひょいっと持ち上がる。
あれ、軽い!
うそでしょ、とんでもなく軽いわ。
え~、楽しい~。
カリエール可愛い~。
こんなに軽いなら、カリエールが大人になっても抱っこできそう~。
食堂に、カリエールのきゃきゃと笑う声がひびいた。
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おまけ 他意はない豆知識
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【騎士になりたいカリエール?】
スタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場は、フランスの世界遺産。
中でも、カリエール広場は細長い形をしていて、かつては騎士たちの馬上槍試合が行われていました。そのため『競技場』という意味で、カリエールという名がついているそうです。




