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第44話 教国での、日常生活はじまる

 フランスは魔王イギリスの姿で、教会の執務室にいた。

 ふるい執務机に置いてあるものを、どかして掃除する。


 教会でのフランスの私室は小さいが、執務室はそれなりの広さがある。


 開け放たれた窓からはいる午前の陽に、ほこりがきらきらと舞っていた。


 さすがに、午前中の仕事をすべて午後にまわしつづけるのも限界がある、ということで、執務室にフランスとイギリスの執務机をならべることにしたのだ。


 アミアンが、はたきでほこりを払いながら言う。


「なんだか妙ですけどね」


「妙だけど、中身があべこべなんだもの。それに、人が来た時に、お互いがいたほうがごまかせるわ」


「それは、たしかに」


 フランスは、そこらじゅうに散らばっているものを、本来あるべき場所に戻しながら言った。


「まあ、なんで、帝国の皇帝が、こんな小さな執務室に聖女とぎゅうぎゅうづめになっているのかって聞かれたら……」


「聞かれたら?」


「わたしが知るもんですかって言えばすむ話よ」


「なるほど、陛下に全投げするんですね」


「そうね。陛下にはだれもみんな聞きづらいから、そのまま謎につつまれるでしょ」


「いえ、またあの噂が大きくなるだけじゃないですか?」


「ああ、大公国で流れていたうわさ? あれって、教国でも言われているの?」


 アミアンが、まかせてください、ちゃんと集めてありますよ、というように胸をはって答えた。


「とんでもないうわさになっています」


 とんでもない……?


 聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしているっていううわさが、さらにとんでもなくなったら、どうなるのかしら。


「聖女フランスが、皇帝陛下をたぶらかしたあげく、教会を三つも建てさせて、さらに、自分の教会にひっぱりこんでいる! と、うわさになっています」


 三つの教会の件も、もううわさになっているのね。


 フランスは笑った。


「とんでもない悪女ね。気に入ったわ」


 うわさの聖女の姿をしたイギリスが、古い執務机を丁寧にふきあげていた手をとめて、嫌そうな顔でフランスを見た。


 なによ、わたしのせいじゃないわよ。


 そういう視線を返すと、イギリスが疲れた顔で、また机を拭きはじめる。几帳面な拭きかただ。


 まだ一緒に過ごしはじめて日が浅いわりに、フランスは、イギリスに対して遠慮のない態度をとるようになっていた。


 アミアンの影響もあるが、イギリスの様子が、想像していたよりも『皇帝らしくない』というのも、原因のひとつだ。


 今だって、雑巾を持って掃除している。


 それに、どうも、彼は、かなりおっとりしているような気がする。


 フランスがつい無礼な態度をとっても、怒ったりしない。そういえば、大公国での調印式も、とんでもなかったけれど、声をあらげたりしなかった。


 あと、アミアンっぽい行動も、つい気をゆるしてしまう要素かもしれない。


 一緒にすごす時間が長いから、あんまりずっと緊張し続けるのも、難しいし……。気楽にいさせてもらえるのは、ありがたいことね。


 皮肉っぽさは、いただけないけれど。


 あと、ドレスを取り上げられたのも、いただけないけれど。


 結局、昨日、イギリスによってドレスは取り上げられ、仕立て直されることになった。


 可愛かったのに。

 最新流行のドレス……。


 つい、うらみがましい目でイギリスのことを見てしまう。


 アミアンがイギリスに声をかけた。


「陛下、ダラム様は、今日はこちらに来られるんですか?」


「いや、もう帝国に帰った」


「えっ、もうですか⁉」


「ああ、帝国側でわたしのかわりに大臣たちの話でも聞いてくれるだろう。そのついでに、伝承についてもさらに調べてもらう」


 ダラム卿が残って、イギリス陛下が帰ればよかったのに。そうすれば、あのドレスを着られたわ。


 イギリスが、フランスの顔を見て言った。


「不満そうな顔だな」


「別に、ドレスを取り上げられて不満になんて、思っていません」


 イギリスが小ばかにする顔をして鼻で笑った。


「この寒さでも、暑くてのぼせあがるくらいだ。ドレスなんて着る必要はないんじゃないか」


 なんですってえぇぇ。


「ええ、暑いので、竜の姿でまた水浴びでもしたいですわ」


 お互いじとっとにらみ合う。


 アミアンが笑う。


「おふたりとも、喧嘩してないで、掃除してください」


 ふたりとも同時に「はい」と返事する。


 そのとき、扉をたたく音がした。


 アミアンが「どうぞ」と答えると、男が入って来る。背の高い、すらりとした男だ。目元がすずしく、冷たそうな印象を受ける。


 男は、無表情に入ってきたと思ったら、聖女フランスの姿をしたイギリスがいる執務机の上に書類を置いた。置いた、といっても、丁寧にでもなく、適当にぽいっと置くようなやり方だった。


 男は書類を置くと、何も言わずに、そのまま踵を返す。


 魔王イギリスの姿をしたフランスには、一瞬視線をやって、視線だけちょいと下げて、出ていく。


 きっかり扉がしまって、しばらくしてからフランスは言った。


「もう、シトー! 怖すぎるわ! 皇帝陛下に向かって、目線を下げるだけで挨拶するなんて、どういうつもり⁉」


 アミアンが感心したように言う。


「シトー助祭って、ほんとに、どこに行っても、あの感じなんですね」


「こっちが、ひやひやするわよ。まったく」


 すると、また、こんこんと音がして、アミアンの返事とともにシトー助祭がはいってきた。


 何も言わずに、イギリスの手元にある書類から、一枚抜きとって、そのままさっさと出ていく。一言も話さない。


 フランスはこわくなって、地団太をふんで言った。


「ちょっと! いつものことだけど、はたから見てると、心配すぎるわね、シトー!」


 目の前に皇帝陛下がいること、ほんとに分かっているのかしら。


 いや、わかっているはずね。


 シトーは、ただひたすら面倒くさがって話さないだけで、頭はいいし、この教会は彼のおかげで、維持できていると言っても過言ではない。


 フランスはやれやれとため息をついた。


「あんなだから、司祭になれないままなのよ」


 アミアンがのんきに笑いながら言う。


「なりたくないんじゃないですか?」


「もったいない。びっくりするくらい何だってできるし、頭の良さだけで言えば、あの若さで司教になってもおかしくないほどだって、言われているのに」


 アミアンが明るい声でイギリスに言った。


「あ、陛下、そろそろお昼のお時間です」


「そうか」


「はい、行きましょう」


 フランスは、思わず首をかしげて訊いた。


「え? どこに行くの?」


 アミアンが、なんてこないという感じで答える。


「食堂です」


「えっ⁉」


 まさか、イギリス陛下、いままで部屋じゃなくて、食堂でお昼ごはん食べてたの⁉


 みんないるのに⁉





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 おまけ 他意はない豆知識

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【シトー】

フォントネーのシトー会修道院は、フランスの世界遺産。

祈りと自給自足を目指した修道会において、特に厳格といわれるシトー会の、最古の修道院。

労働と学習を重んじる戒律のため、基本的に自給自足で、教会堂・僧院・食堂のほか、中庭・庭園・鍛冶場・製パン所・診療所・鳩舎・学習施設・宿泊施設など、全部盛りの施設になっています。


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