第43話 ふつうのアミアンと、おおきいアミアン
フランスは、イギリスの分厚くて重いマントを、びっちりと前をしめたまま、応接用の椅子にすわっていた。
……あつい。
天幕の中は暖炉の火で十分にあたたまっていて、マントを羽織る必要がないほどだ。フランス以外は、外套を脱いでいるのに、フランスだけ重装備で座っている。
のぼせそう。
イギリスの天幕にある応接用のテーブルを囲んで、フランスの目の前にはアミアンとダラム卿が並んで座っている。フランスのとなりにはイギリスがいる。
フランスが脱ごうとするマントの前をイギリスがにぎったまま座ったので、そうなった。
「ベルンの泉について、調べてみました」
ダラム卿の言葉に、集中する。
ベルンの泉ね。
やっと、このややこしい入れかわりについて、すこしでも分かるのかしら。
聞かなきゃ。
でも、あつい。
コルセットもしているから、紐でぐるぐるまきにして茹でられる肉の気分よ。
「どうやら、あの泉は、かなり古い存在のようです。大公国にカステルグランデの城ができるよりも前からあるそうで……。なんなら、大公国が今のかたちになるよりも以前から存在するようです」
大公国ができるより前からあるのね。
そんなに古いんじゃ、ほんとに伝説ね。
あついわ。
フランスが、顔を仰ごうとして、手を出そうとマントの前をひろげると、隣に陣取っているイギリスに阻止される。
なんで、こっちを見てもいないのに、分かるのよ。
マントの質が良すぎるのよ。どんな風も通さないんじゃないの、このマント。
あつすぎる……。
もう、肉なら完全に茹で上がってるわよ。
「あの泉について大公国の書物を漁ってみましたが、いずれも、妖精王の伝説を同じように書いているだけで、それ以上の内容は見つかっていません。今のところはですが」
アミアンが首をかしげて言う。
「妖精王の伝説?」
そっか、アミアンは昼餐会にいなかったから知らないわね。
ダラム卿が説明する。
「ベルンの泉は、その昔、妖精王がひらいた水門なのだそうです。そして、どの伝承でも一様に、描かれているのは、妖精王があの水門から、こちらの世界をのぞき見ることができる、というものです」
「まるで、妖精の国からこちら側にあく、のぞき穴みたいですね」
アミアンがわくわくした声でそう言うと、ダラム卿が笑った。
「伝承自体も、大公国の成立よりも、ずいぶん古いようです。もはやそうなると、ほんとうに伝説のようなものですね」
「では、それ以上、調べようがないですね」
アミアンの言葉に、ダラム卿がちょっと得意げな顔をして言う。
「まあ、そうでもないですよ」
「そうなんですか?」
「帝国も三百年前に、ありとあらゆる伝説をさがしまわりましたからね。陛下の呪いのもとである赤い竜も、伝説の存在でした。まさか、あらわれるなんて、当時のだれも思ってもいなかったらしいですし、その時も伝承のようなものだけが、赤い竜について知る手がかりだったそうです。当時、あらゆる伝承や、口伝をあつめたという記録が残っています」
三百年前の時点で、赤い竜は伝説の存在だったのね。
あつい。
じんわり汗までかいてきたきがする。
顔があつい。あおぎたいのに、手も出せないし……。
フランスは、おおきく息をした。
「そのときに、集めたものが、もしや、役に立つかもしれません」
ダラム卿の言葉を聞きながら、フランスの視線が下がった。
なんだか、ちょっと頭までいたくなってきたわ。
フランスは、膝の上に手をのせて、自分の身体をささえるようにした。
はやく、終わって。
外の空気をすいたい。
いや、マントさえ脱げれば、いいのに……。
フランスは慎重に、長めに息をすって、すこしでも自分の体温よりひえた空気をとりこもうと頑張る。
「ベルンの泉は、相当古い存在のようですから、帝国にある一番古い存在に関する書物を探してみました。世界で一番長生きの亀と鶴の伝承です」
亀と鶴?
亀と鶴に、泉のことを聞いてみるつもりかしら。
ダラム卿の言葉に、アミアンがさっきよりもわくわくした声で言う。
「なんだか、おとぎ話な感じですね」
「そうですね、本当に古い伝承ですから、まさにおとぎ話と言ってもいいものです。関わりのなさそうなものが、どこで繋がっているとも限りませんから、こうやってひとつずつ古いものを当たっていくしかないかもしれません。三百年前にもそうだったように」
おとぎ話……。
おとぎ話でもいいから、マントを脱ぐ話をちょうだい……。
イギリスが口をひらく。
「その亀と鶴は、なにか手掛かりになりそうなのか?」
「伝承によると、世界で一番長生きの亀と鶴がいて、それらは『多くを知る者』と呼ばれているそうです。ですので、これを見つけて、ベルンの泉について聞くことができれば、何か手がかりをえられるかもしれません」
「どこにいるんだ?」
ダラム卿がにっこりして言った。
「それは、まだ調査中です」
フランスは、あまりのあつさに、うつむいて、大きく息をついた。
「お嬢様?」
アミアンが向かいの席から、かけよってきた。
うつむくフランスの前に、跪いて、顔をのぞきこんでくる。
「お嬢様、どうされたんです? わ、顔が赤いですし、息が上がってますね。体調が悪かったんですね」
「ちがうの……」
「ちがう?」
「あ……あつくて……」
「えっ、あ、ほんと、すごい汗じゃないですか」
アミアンがマントをはぐ。
イギリスが席を立った。
「あらら、ふらふらですね」
アミアンが、脱いだマントであおいでくれる。
すずしい……。
イギリスがグラスに入れた水を持ってきた。アミアンがそれを受け取って、フランスの口元に持ってくる。その間、イギリスがマントでフランスをあおいだ。
なに、この連携力……。
なんで、アミアンがふたりいるみたいに思えるのかしら。
向かいの席にいるダラム卿が、口元に手をあてて、なにごとか真剣に考えるような眼差しで、こちらを見ていた。
イギリスがそちらに視線をやって言う。
「ダラム、見るな」
イギリスはそう言いながら、あおぐ手をとめない。
ふつうのアミアンと、おおきいアミアンだわ……。
あ~、すずしい~。
快適~。




