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第42話 魔王さまは、ゆるせない

 フランスは優雅で楽しいお茶を終えて、ふたたびダラム卿の馬車に乗った。


 大きくて豪華な馬車は揺れもすくなく、フランスたちはお喋りを楽しみながら、教会にたどりついた。


「おふたりにも聞いていただきたいことがあるので、一緒に行きましょう」


 ダラム卿はそう言って、イギリスのいる天幕へと、フランスとアミアンを連れてゆく。




     *




「陛下、見てください、ダラム様が買ってくださいました」


 アミアンが、イギリスに向かって両手をひろげて見せると、イギリスが、やわらかな声で言った。


「似合っている」


 アミアンが、へへ、と嬉しそうにわらう。


 アミアン、かわいい。あの背の高さで、スタイルもいいのに、飾り気がまったくなくて、へへ、と笑うところが、最高にかわいいわ。


 男性にドレスを見せびらかすなんて、女がやれば媚びた感じがしそうなのに、アミアンがすると全くそんな感じがしない。


 本当に、ドレスを買ってもらったのが、うれしいのね。

 ダラム卿に感謝しなくちゃ。


 自分がドレスを買ってもらうよりも、アミアンが楽しそうなのが、フランスにとっては何よりも嬉しく感謝したいことだった。


 いつも、アミアンは、わたしのために苦労ばかりしているもの。


 イギリスと目が合った。


「……」


「……」


 イギリスはすぐに目をそらす。



 あ~、そう。



 わたしの服装には、お世辞のひとつも言わないのね。

 まあ、期待はしていなかったわ。


 でも、ちょっとくらい、何か言ってくれてもいいのに。


 似合ってないのかしら。


 ダラム卿がすかさず言う。


「陛下、そっけなさすぎます。おふたりとも、こんなに愛らしいのに。嫌われますよ」


 イギリスがいやそうな顔をして、ダラム卿を見た。


 そうよそうよ!

 ダラム卿もっと言って!


 ダラム卿が、アミアンとフランスを見せびらかすような仕草をする。


 イギリスがアミアンを見て「その色が、似合っている」と言った。フランスには何も言わない。それどころか見ようともしない。


 ……。


 やっぱり、似合ってないんだわ。


 目元もきついし、気が強そうに見えるから、こういう可愛らしいのは……、似合わないのね。


 フランスは、自分の服装を見下ろして、残念な気持ちになった。


 ダラム卿が、フランスを腕でかくすように引き寄せて、イギリスに向かって言った。


「陛下、女性を泣かせるなんて」


 え、泣いては……。


 ちょうど、ダラム卿の腕が、イギリスの視線からフランスの顔をかくしている。


 ……なるほど。


 フランスは、両手で顔をおおって、ダラム卿の胸に額をよせるようにした。


「いいんですダラム卿。きっと、全然似合ってないんです。わたし、恥ずかしい」


「ああ、フランス、かわいそうに。本当に、とっても似合っていて、愛らしいのに」


 アミアンが、不思議そうな声で言った。


「陛下、なぜ、いじわるするんです?」


 アミアン、もっと言って!


 さすがに、ここまで言われたら、何か言うだろうと思ったのに、イギリスは何も言わない。



 そ、そんなに?



 フランスはさすがに、悲しくなって、自分の姿を恥じた。


 イギリスが、不機嫌そうに言う。


「もういいだろう。泣きまねはやめろ」


 ダラム卿が、腕をどける。


 いわれのないことを言われても、なんとも思わないけれど、褒めるところがひとつもないほど、ひどい様子に見えているのは、本当のことだろうから、悲しい。


 フランスは、すこしは似合うかもしれないと思っていた自分が、恥ずかしかった。


「着替えてきます」


 そう言って、天幕を出ようとした。


 イギリスが、フランスの腕をつかんで、彼に向き合うようにさせたかと思うと、そこらに置いてあった分厚いマントをかけて、きっちりと前を閉じる。


 フランスは、ひきずるくらい長いイギリスのマントで、まったくドレスが見えないどころか、首から上しか見えなくなった。


「……」


「……」



 そんな、目にも入れたくないほど⁉



 フランスがショックのあまり、何も言えずにいると、イギリスが言った。


「肩も胸元も出すぎだ」


 場がしんとした。


 ケチをつけるようなイギリスの言葉に、フランスは、思わず言い返した。


「流行りの形です」


「帝国では流行っていない」


「ドレスは教国の方が最先端です」


「帝国の方が格式高い」


 フランスはむっとして、ついにらみながら言う。


「おかたいだけでしょ」


 イギリスも同じように、むっとしたのか、にらみ返してきて言う。


「娼婦のようにおろかしい恰好はやめろ」



 なんですってぇぇ‼



 あんまりな言いように、フランスの悲しい気持ちは、怒りで完全に上書きされた。


 そんな風に言うなら、こっちだって言ってやるからね!


「埃っぽくて伝統ばっかりの恰好はやめてください」


「なんだと」


「そんなに醜く見えているなら、そう言えばいいでしょ⁉」


「醜く見えるなんて言っていない」


「娼婦のように見えると言ったじゃない!」


「それは服のことだ。きみのことを言ったんじゃない」


 フランスがさらに言い返してやろうと口をひらくと、イギリスがどう考えても人のことをほめているとは思えない不機嫌な顔で言った。


「きみは、きれいだ」


 はい?


 フランスは言い返そうとあけていた口を一回閉じた。


 なにこれ。


 いや、やっぱり、まだ言い返し足りないか、と思って口をひらくが、何で争っていたかよく分からなくなってきて、口をとじた。


 何と返せばいいかわからなくて、『ねえ、これってどういうこと⁉』という意味をこめて、アミアンとダラム卿を見た。


 二人は手をとりあって、くっつき、おびえるような姿でこちらを見ていた。ただし、アミアンの表情は心配するような表情で、ダラム卿はわくわくした顔をしている。

 

 いや、よく見ると、アミアンはダラム卿の手を握っていない。ダラム卿がアミアンの手を握っているだけだ。


 フランスが何も返せずにいると、イギリスがダラム卿に向かって言った。


「ダラム、このドレスは仕立て直させろ」


 仕立て直し?

 こんなに、可愛いのに!


 フランスは未練がましくて、つい小さい声で言った。


「せっかく気に入ったのに……」


 イギリスが、すかさず言う。


「だめだ。目のやり場に困る」


 おかたいお年寄りみたいなこと言うんだから!


 フランスは、納得いかずにむくれた。


 フランスがマントを脱ごうとすると、イギリスが前をぎゅっと閉じる。



 なによ!



 せっかく最新の流行りのなのに!

 

 売るときも、このほうが高く売れるのに‼


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