第41話 女たらしなデート、しませんか?
フランスはダラム卿の差し出す手に助けられて、豪華な馬車に乗り込んだ。
わあ、ひろい。
大公国から帝国への道中で乗ったのと同じくらいの馬車に見えたが、さらに大きく感じられた。イギリスの身体で乗っていた時よりも、自分の身体が小さいからか、余計にそう感じるのかもしれない。
座席はふかふかで、座席とそろいの柄のクッションまで置いてある。
フランスの手をとって、馬車へと上げたあと、ダラム卿は、アミアンにも同じようにして、馬車に上げた。
アミアンのことを見つけて待ち構えているなんて、びっくりだわ。
大聖堂を出て、ダラム卿に声をかけられ振り向くと、彼の隣にはなんとアミアンがいた。フランスを待っている間に、ふたりでお喋りしていたらしい。
アミアンが、馬車の中に入ると、嬉しそうな顔で言った。
「すごいです! 大きくて奇麗で。こんな馬車はじめて乗ります」
ダラム卿ものりこんできて笑顔でこたえる。
「そんなに喜んでいただけるのでしたら、もっと大きな馬車で来ればよかったですね」
これ以上、大きくなったら、道ですれちがえないんじゃない?
「おふたりとも、すこしお時間はありますか?」
ダラム卿の言葉に、フランスとアミアンは顔を見合わせた。
フランスは、首をかしげつつ答える。
「ええ、急いで帰らなければならない用事はありませんが」
「では、よろしければ、お茶でもしに行きませんか? 教国でいま、たいへん人気のお店があるとか」
まあ、教国のはやりのお店まで、知っているのね。
でも、きっと貴族のお嬢様がたが行くような場所よね。
「わたしたちの服装で行っても大丈夫でしょうか?」
フランスの服装は、修道女よりもすこしは堅苦しくない程度の、だが、あきらかに教会のものとわかる服装だ。アミアンにいたっては、まさに普段着。教会の中で動き回るから、くったりとした作業向けの服を着ている。
上に外套をはおってはいるけれど、ダラム卿が行くようなお店で外套を脱げば、似つかわしくないのは間違いなさそうだ。
ダラム卿が、なんだか嬉しそうな笑顔で言う。
「もちろん、わたしに、美しいあなたがたを彩る栄誉をあたえてくださるのでしょうね?」
フランスとアミアンは、また顔を見合わせた。
*
「やっぱり、ダラム様って魔法使いなんじゃないですか?」
「いっそ、そんな気がしてきたわ」
アミアンの言葉にフランスも頷く。
フランスとアミアンは、すっかり仕立ての良いドレスに身を包んでいた。
アミアンが着ているのは、華美すぎず、落ち着いていて、いかにも日中におでかけする良いところのお嬢さんという出で立ちだ。高貴な身分のお嬢様につかえる、これまた高貴な出身の侍女、という感じにも見える。
フランスが着ているのは、最新の流行りもののドレスだった。胸と肩は大きく開いていて、これでもか、と言わんばかりにレースがあしらわれている。形だけ見ると、かなり挑戦的な様子に見えるが、使われている生地や、全体的にふんわりとした色合いのおかげで、品があって愛らしい。
これは……悪女、という感じではないわね。
とっても、かわいい。
最新の流行りものって、はじめて着るわ。
それに、アミアンにまでドレスを用意してくださるなんて。
大体の貴族は侍女に気をやったりはしない。ほとんど、存在を気にすることもなく、そこらにいるもの、みたいな扱いをする。しかし、ダラム卿はフランスと話すのと同じように、アミアンとも話した。
それが、一番嬉しいかもしれないわ。
あら、そういえば、イギリス陛下もそうね。
なんなら、アミアンとのほうが打ち解けて話している様子だし。
どちらも、ありがたいことだわ。
ダラム卿は、フランスとアミアンの姿を見て、ありったけの賛美の言葉を口にする。彼は、これでもかと、褒めつくしてから、言った。
「サイズ合わせは仮仕立てですから、完成品は後日お送りしますね。今日、着て遊ぶくらいは、問題ないでしょう」
仮仕立てと言っても、サイズはほとんどぴったりだった。
本当に魔法使いみたいね。
アミアンなんて、背が高いのに、ドレスの丈がぴったりだわ。
ドレスの仕立ては時間がかかるのに、いったいいつから用意していたのかしら。
フランスが訊くと、ダラム卿は「あとで教えてさしあげますよ」といたずらな顔をして、流行りだと言う店に案内する。
店は、大聖堂からすこし離れたにぎやかな場所にある、大きな高級宿屋だった。
「どうぞ」
ダラム卿が案内してくれたのは、最上階の一部屋だった。
まあ、宿屋の食堂ではなく、わざわざ部屋を用意したのね。
アミアンが小さい声で言った。
「やっぱり、魔法使いじゃないですか」
たしかに、あまりに手際が良すぎる。
部屋に入ると、あっという間にテーブルの上に愛らしいお菓子がならぶ。フランスとアミアンは、ひとしきり、きゃーきゃー言いながら、お洒落な甘いものを楽しんだ。
「そろそろ、教えてくださいダラム卿、いったいどうやって仕立屋に、このドレスを用意させたんです?」
フランスがそう言うと、ダラム卿が、おおげさにかわいそうな感じの顔をして言った。
「フランス、あなたと帝国の城で会えなくなってからというもの、わたしがどこにいたと思います?」
「その仰りようだと、帝国にはおられなかったのですね」
「ええ、ずっとこの街におりましたよ。シャルトル教皇のおひざ元にね」
あら、それじゃあ……、つまり、そういうことね。
「ダラム卿が、国境の教会の件を、聖下とやりとりされていたんですね」
「そうなのですよ。陛下も人使いが荒いんですから。帝国に戻ったと思ったら、すぐに教国で……。せっかくあなたと二人きりで城ですごすのは、なんだかとっても楽しかったのに」
アミアンがダラム卿の言葉に反応する。
「二人きりで⁉」
フランスはひらひらっと手をふりながら笑って言った。
「イギリス陛下の姿でよ」
「ああ、そうでした」
アミアンが安心したように、焼き菓子をひとつ食べる。
ダラム卿が、わざとらしく不満げな顔をして言う。
「陛下は先んじてあなたがたと楽しく過ごしていたのに、わたしはなかなか後詰めで決めることが多くて、ここを離れられなかったんですよ」
ダラム卿が、ちらっといたずらな視線をフランスに投げてから言う。
「それで腹いせに……」
「腹いせに?」
「あなたがたに、会えるのを楽しみに、ドレスを仕立てて、持っていこうと用意していたんです」
腹いせに、女物のドレスを仕立てるのは、一体どういう感覚なのかしら。
アミアンが、興味津々の顔で聞く。
「どうやってサイズまでわかるんですか?」
「一度お会いしていますから、おふたりに似た様子の女性にお願いして、仕立てを手伝ってもらったのです」
教国で、どうやって、そんなサイズが同じ女の子を探すのよ。
アミアンの顔を見ると、わくわくした顔をしていた。
その顔は、こう言っているようだった。
『ぜったい、女たらしですよ!』




