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第39話 男は信用ならないいきもの?

 フランスは久しぶりに、魔王イギリスの人の姿で夜明けに目覚めた。


 起き上がってのびをする。


 竜じゃない姿で起きるの、久しぶりね。

 なんだか、あの竜ののびをしないのが、ものたりない気もするわ。


 フランスはあんまり見ないようにしながら、用意されていた服に着替えて、髪をととのえた。


 髪、つやつやのさらさらね。

 手櫛だけで十分ととのいそう。


 うん、これは伸ばしたら、高く売れる髪だわ。


 フランスは簡単に身支度をすませて、小さな天幕を出た。朝の空気をおもいっきり吸い込む。万が一にそなえて、イギリスが教会からすこし離れた場所に小さな天幕を建ててくれていた。


 頭のなかで、赤い竜の姿を思い浮かべてみる。ただし、身体の感覚は伴わないように意識する。


 姿は変化しなかった。


 大丈夫そうね。


 フランスはネコに姿をかえて、教会に向けて走った。


 うわあ、ネコの姿って、なんだか快適ね。

 いつもより身体がかるくて、動きやすいわ。


 自分の私室の前まで走って行って、扉の前で鳴く。何度か鳴くと、聖女フランスの姿をしたイギリスが扉をあけた。


 また、髪がぼさぼさのままね。

 自分で、とかしつけられないのかしら。気になるわ。


 フランスは部屋に入ってひとの姿にもどると、鏡台の前にイギリスを座らせて、髪をとかした。


 自分の髪をいじるの楽しいわね。

 編み込みとかしたくなっちゃう。


 イギリスは姿勢よく座って、おとなしく髪をとかれている。


 しばらくすると、軽いノックの音とともに、返事も聞かずにアミアンが入って来る。


 いつもどおりだ。


 アミアンったら、部屋にいるのが陛下の時も、返事も聞かずに入るのね。

 いつも通りと言われたら、ほんとうに、本気でいつも通りなんだわ。


 さすがよ、アミアン。


 アミアンが笑顔で言う。


「おはようございます、陛下、に、お嬢様も! なんだか、妙な具合ですね。おふたりともおられるのに、中身が逆というのは」


「そうね、だいぶ変よ。皇帝がかいがいしく聖女の髪をとかしつけているなんて」


 アミアンが笑った。


 もうすっかり、イギリスがいても、アミアンとの会話に躊躇することはなくなった。これも、アミアンが、イギリスの前であまりにも普通にしているおかげかもしれない。


 アミアンは鏡越しに、イギリスに向かって言った。


「陛下、今日は、飴も用意してみました。ちょっと苦爽やかで、馬車酔いに効くそうです」


「そうか」


 もう、前回シャルトル聖下とお会いしてから一週間もたつのね。


 あっという間すぎるわ。


 今日はまた、午前中はイギリスに馬車で耐えてもらわなければならない。中央の大聖堂まで行って、シャルトル教皇に『教会についての報告』をする日だ。


 聖下に、なんと報告したものか、考えものね。

 不用意なことは言えないもの。


 フランスは、イギリスの髪をとかしていた櫛をアミアンに渡して、ベッドに座った。アミアンに世話をされているイギリスを眺めながら、どうしたものかと考え込む。


 つい、考えるときのくせで、唇をとんとんと、人差し指でたたく。


 すると、アミアンが目の前にきて、厳しい顔で言った。


「お嬢さま、これから陛下は着替えられるので、外に出ていてください」


 思ってもみないことに、フランスは思わず大きめの声で言い返す。


「えっ! なんでよ! いいじゃない! わたしの身体よ、見たっていいでしょ⁉」


 ちょっと見てみたかった。


 自分からは見ることのない角度で、自分の姿を見るチャンスだ。どんな姿をしているのか気になる。


 アミアンが腕を組んで、毅然とした態度で言う。


「いけません! 若くて可愛くてかよわい陛下を、男の目にさらすなんて、とんでもありません!」


 若くて可愛くてかよわいのは、その身体に適応されるわけ⁉


 まあ……、それは、そうね。

 いや、でも納得いかない。


「わたしは男じゃないわよ! 中身は女よ!」


「身体は男です! 信用なりません。だめです。出てください」


 なんですって~!

 アミアンったら!


 陛下を信用していないんじゃなくて、男の肉体全般を信頼していないのね。


 フランスは食い下がった。


「大丈夫だったら。わたしがこの身体で、どんなことをしでかすっていうのよ」


「だめです」


 フランスは、頬をふくらませて、不満を示したが、アミアンはそれでもかたくなに譲らない。


 フランスはさらに態度を変えて食い下がった。

 どうしても、自分の裸がどんなものか見てみたい。


 うかがうようにして、無害さを主張してみる。


「ねえ、アミアンお願いよ。どうしても、見たいの。ど~しても。ちょっと見たら出ていくから、だめ?」


「だめです」


 フランスは思わず眉間に皺をよせて、大きな声で言った。


「けちね! ちょっと裸見るぐらいいいでしょ!」


「聖女、やめろ」


 イギリスが、いやそうな顔でこちらを見ていた。


「わたしの姿で、はしたないことを言うな」


 たしかに、魔王の姿で、女の裸を見たがるのはかなり滑稽かもしれない。


 フランスは思わず笑った。

 笑って、あらためて魔王イギリスの姿で、尊大に、それっぽく言ってやる。


「アミアン。どうしても裸が見たいから、ここに、いさせろ」


 イギリスがすごい顔で、こちらをにらんだ。


 アミアンが、笑った。


「お嬢様、やめてあげてください。陛下は、そんなことおっしゃらないです」


 なによ!


 理不尽だわ!

 男の姿だと、こんなに信用されないの⁉


 ひどいわ。

 なんにもしやしないのに!


 フランスは、肩にぎゅっと力を入れて不満をためこんでから、ネコのすがたになって、扉のほうに向かった。通りすがりざまに、アミアンの足先を尻尾でびたんとやっておく。


 フランスが扉の外に出ると、扉はきっちりと閉められた。


 鍵までかける音がする。


 ネコののどから、シャーッっと音が出た。


 ひどい。


 わたし、いまは世界で一番信用できる男なんだからね!



 フランスは、ネコの尻をどすんとやって、その場に座った。


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