第35話 ふたまわり大きいアミアン
フランスは、ネコのしっぽを追いかけて、ずいぶん教会から離れた場所まで来た。
もう町からもすっかり離れてしまった。
あたりは、しんとしている。
町はずれの林の奥まですすむと、ひらけた場所に出た。泉がある。泉のほとりに、帝国の騎士がふたり立っている。彼らは、なにか木でできた大きな箱のようなものを守るように立っていた。
なにかしら。
フランスの教会にある告解室よりもさらに小さいが、ひとが一人か二人は入るくらいの大きさに見える。車輪のない馬車のようにも見えて、扉があり、窓もついている。
イギリスが騎士たちに近づき、人の姿にもどる。
騎士たちは礼をして、すぐにその場を離れていった。
イギリスが告解室のようなものの扉をあける。彼は、フランスのほうを振り向いて、言った。
「これに、乗れ」
フランスは近づいて中をのぞいてみた。
中は馬車のような作りになっているようだった。席は片側のみにあって、窓は大きめに作られている。
「わたしが、竜の姿で、人の目のない場所まで運ぶ。揺れるかもしれないから手すりを握っていろ。そう長くはかからない」
「はい」
フランスは、中に入って、席に座った。イギリスはそれを確認すると、扉をしめる。
どこまで、いくのかしら。
竜がひとあばれしたり、とつぜん火をふいても大丈夫そうな場所? 教国のどこか? それとも、帝国のどこかかしら。ちょっと、わくわくしちゃうわね。
まるで、冒険みたいだわ。
座席はふんわりとしていて、居心地がよかった。
座席のよこの壁に手すりが取り付けられている。
フランスが手すりを握り締めると、馬車が大きく揺れた。
「きゃっ」
思わず叫んで、手すりを両手でぎゅっとにぎる。
びっくりした。
フランスは急いで、焼き菓子を壁と身体のあいだにはさんだ。
次の瞬間、感じたことのない感覚があった。
まるで下に押し付けられるような、強い力が身体にかかる。と、思ったら、胃のあたりと、尻がふわりと浮くような、奇妙な浮遊感に襲われる。
うぅ、気持ち悪い。
そのあとも、ふわりふわりと上下するような浮遊感がつづく。
窓の外を見てみたかったが、ゆっくりと見る余裕はない。
上下にゆれるたび、月が見え隠れするのがすこしだけ目に入った。
フランスは、ぎゅっと手すりをつかんでいる手に額をくっつけて目を閉じ、耐えるようにした。
馬車より、気持ち悪い。
お願いだから、はやく、終わって。
しばらくすると、またふわりと胃が浮き上がるような感覚があり、少しの間それがつづいた。
そして、とどめのように大きく揺れる。
むかし、乗った、船よりひどいわ……。
揺れは、それで終わりのようだった。だが、フランスの感覚はまだ揺れていた。じっと座っているのに、ふらふらするような感覚がある。
扉があく音がしたが、フランスは顔を上げられなかった。ぎゅっと目をつむって、平衡感覚が失われるような苦しみを、なんとか耐える。
「聖女、手をはなせ」
近くでイギリスの声が聞こえて、フランスは目をとじたまま、そうっと手すりを握っていた手をはなした。
そうっと抱き上げられる。
イギリスが、フランスを抱き上げたまま、どこかに向かって歩いている。
どこに、ついたのかしら。
フランスは目をあけて、まわりを見ようとした。目をあけた途端、気持ちの悪さがます。ふらふらする頭をささえていられずに、イギリスの胸にあずけるようにしてしまった。
目の前に、イギリスの服がある。
良さそうな生地ね……。
イギリスの歩き方が、気づかうように、揺れの少ないものになった。フランスはまわりを見るのはあきらめて目をとじ、ひたすら耐えた。
しばらくすると、やわらかな布の上に横たえるようにしておろされる。
ふかふかね。
ベッド?
うっすらと目をあけると、どうやら小さな天幕の中のようだった。
イギリスが、テーブルの上にある小瓶をとって、振り、指にしずくを取って、フランスの首筋につけた。さわやかな香りがする。
高そうな小瓶ね。
それに、いい香り。
イギリスが、自分のマントを脱いで、フランスの身体にかける。
あたたかい。
冷えた身体に、ぬくもりのあるマントは心地よかった。
イギリスはベッドに腰掛けると、フランスの手をとって、てのひらを押した。
まるで、アミアンみたい。
馬車酔いしたときに、さわやかな香りでやすらぐのも、てのひらを押されると気がましになるのも、ちいさい頃からアミアンがしてくれていることだった。
そっか。
入れかわっている時に、陛下も馬車酔いしたものね。
アミアンがしたことを、そのまましてくれているのかしら。
アミアンがいつも持ってきてくれる爽やかな香りの雑草よりも、首筋につけられた香りは高級な感じがするし、目の前にいるのはアミアンよりも大きい男だけれど……。
なんだか、ほんとに、アミアンそのままの行動で、落ち着く。
ふたまわり大きいアミアンだわ。
それに、てのひらを押されるのは、イギリスの手が大きいからか、アミアンにされるより、もしかして心地よいかもしれない。
イギリスは、ときおり左右の手をかえて、アミアンがするように、いいかんじのところを押してくれる。
すこしずつ、胃のむかつきと眩暈が収まった。
「陛下、ましになりました。ありがとうございます」
フランスが起き上がると、イギリスはグラスに水差しから水をついで、フランスに手渡した。飲み終わると、グラスを受け取って、テーブルの上に戻すまでする。
熱を出したときも、そうだけれど、こういう時はまるで尊大な態度はなりをひそめるのね。本当の姿は、どっちなのかしら。
まるで、ただ優しい人のように見える。
イギリスは、小さな簡易暖炉の前にかがんで、まきを入れ、火をつけた。
フランスは、立ち上がって、返そうと手にイギリスのマントを持った。
イギリスが目の前に来る。
「この中にあるものは自由に使え。テーブルの上にある菓子も好きに食べろ。わたしは外にいる」
「はい。マントを、ありがとうございます」
イギリスは、マントを受けとると、さっさと天幕の外に出ていった。
フランスはその後姿を見送ってから、天幕の中を見渡した。
天幕はこぢんまりとしていて、小さなベッドがひとつと、テーブルといすがひとつ、小さな暖炉があるだけだった。
「あ、うさぎの人形」
テーブルの上に、帝国の城でダラム卿が置いてくれていた人形があった。
わざわざ持ってきてくれたのね。
うさぎの隣には、飾り箱ではないが、いかにも高級そうな箱がおいてある。あけてみると、可愛らしい菓子が、いかにも大切にされていそうな感じで並んでいた。
なんだか、寒いわね。
暖炉の火が温めてくれるとはいえ、なんだかいつもより寒い気がする。
一体、どういう場所にいるのかしら。
フランスは、外に出てみた。
まあ、きれいね。
目の前には大きな湖があった。星空をそのままうつしている。天幕のうしろには背の高い木がある。森がひろがっているようだった。
湖の前に、竜がいる。
行儀よく、足をたたんで座って、湖にうつる星空を眺めているようだった。
まるで、絵物語のようね。
フランスは竜に近づいた。
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おまけ 他意はない豆知識
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【告解室】
カトリック教会で、信者が司祭に罪を告白して神のゆるしをえるための場所。
証明写真機ボックスくらいのサイズから、大きいものまで色々あります。




