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第34話 魔王の……ふわふわの……

 フランスは焼きあがったらしい菓子を、かまどから取り出してから、言った。


「アミアン、わたし行くわ」


「では、わたしも行きます!」


 アミアンが勢いよくそう言ったが、イギリスが表情を変えずに、止める。


「だめだ」


「なぜですか!」


「危険だからだ。わたしと聖女だけで行く必要がある」


 アミアンは、心配そうな顔をして言う。


「でも、朝になったらお嬢様の身体も、危険ではないですか?」


「中身はわたしだ、ある程度赤い竜の動きを予想して立ち回ることはできる。だが、聖女の姿では、アミアンまで守ることはできない」


 フランスは、イギリスの言葉にうなずいた。


 アミアンを連れてはいけないわ。まだ、身体の動かし方も、力加減も、何もかも、わかっていないのだから。これは、本当にふたりで行くしかなさそうね。


 フランスは、アミアンに向かって言った。


「アミアン、あなたは教会にいて。わたしたちがふたりともいなければ、誰かがたずねて来た時にごまかせないわ」


「でも、お嬢様……」


「大丈夫よ。皇帝陛下が、わたしになにかなさろうはずもないわ」


 アミアンが、急にこわい顔で言った。


「それは、わかりません。陛下だって、男です。男は、そういうところは、信用なりません」


 あまりに強い言い方に、フランスはたじろぐ。


「そうなの?」


「そうです」


 急に手厳しいわね。


 男って、ほんとにそうなの?

 そんなに、急に暴力的になったりするのかしら。


 にしても、よく陛下の目の前で、信用ならないとかはっきり言えるわね、アミアン。


 フランスはイギリスの瞳をじっと見た。彼の瞳は、落ち着いていて、ただ、この状況が落ち着くのを待っているようだった。


 アミアンのことを、叱らないのね。


 フランスは、アミアンの正面に立って、言った。


「アミアン、聞いて」


「はい、お嬢様」


「もし、教会がふきとんだら……」


「ふきとんだら……」


「建てなおすようなお金はないわ」


 アミアンが、情けない顔をした。


「うぅ」


「片田舎の教会で、司教からも、大司教からも、嫌われているわ。上から修繕費が出るかもあやしい」


「うぅぅ」


 フランスは、アミアンの腕にふれて言った。


「それに、ふきとんだら、一番こまるのは、頼りにしている町のみんなよ」


 教会をたよりにしているのは、町に住む者の中でも、生きづらい者たちばかりだ。大半は、老人か、未亡人か、戦争で負傷して働き口を見つけられない者たち。


 その日暮らしの者にとってみれば、こんな片田舎の教会でも、なくなれば食べるのに困る者もあるだろう。


 フランスは、アミアンの瞳をのぞきこんで言った。


「アミアン、行かせて」


「お嬢様」


 アミアンが、泣きそうな顔をする。

 フランスは笑って、アミアンの頬にキスした。


「大丈夫よ、アミアン。そうですよね、陛下」


「ああ、不用意に近寄らないと、約束する」


 フランスの言葉に、イギリスはうなずいて、そう答えた。


「ほら、皇帝陛下の約束よ、安心でしょ」


 アミアンは、まだ納得いかなさそうな顔をしたあと、フランスとイギリスの間で両手をひろげた。


「おふたりとも、もうすこし下がってください」


 アミアンがまっすぐ腕を伸ばすぶんだけ、フランスとイギリスは後ろにさがる。


「かならず、アミアン一人分の距離はあけるようにしてください。それ以上、近づいては、だめです」


「わかった」


 イギリスが素直に返事をした。


 まあ、ほんとに、意外だわ。




     *




 フランスは目立たないように暗い色の外套をはおり、頭巾を目深にかぶって、毛並みの良いネコのあとにつづいて歩いた。


 焼き菓子を入れた袋が、手の上でまだほかほかと暖かい。

 アミアンに、いくらか渡しても、まだ焼き菓子はたっぷりとある。


 今日のは、よく焼けたわ。


 イギリスは「ふたりで夜更けにでかけるところを見られない方がいい」と言って、ずっとネコのすがたで移動している。


 たしかに、誰かに見られれば、なにをしているのかと勘ぐる者もいるだろう。悪い噂だけなら問題ないが、ふたりが入れかわっていることが万が一ばれでもしたら……、きっと、ややこしいことになるだろう。


 どこに、目があるとも知れない。


 あまりにも大きな赤い竜の力は、また帝国と教国の戦争の発端にもなりかねない。


 皇帝を見張れと命令されたのに、聖下にこそ最も隠しておかなければならない秘密をかかえることになるなんてね。


 決して、知られてはいけないわ。


 聖下は——、もしや、この力をお望みになるかもしれないもの。


 ネコは教会の裏手から、イギリスの天幕のある空き地のわきを抜けて、さらに離れて、人気のない暗い林のほうへと進んでいく。


 月明りと、ぴんと立てられたネコのしっぽをたよりに、歩く。


 なんだか、ぴんと立っているしっぽの感じが、大公国での尊大な雰囲気のイギリスを思い出させるようで、フランスはくすりと笑った。


 でも、かわいい、おしりね。



 ねこのたまたま、可愛い。



 と思ってから、はっとした。


 あれは、陛下の!


「……」


 うーん。


 いや、でも、ネコのたまたまは……。



 やっぱり可愛い。



 手でつまんでもにもにしたい感じがある。



 ふわふわ、たまたまちゃん。

 可愛らしいわ。


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