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第30話 聖女がこっそりしていたこと

 アミアンは、昨日の夜、フランスが用意していた、ちょっといびつな焼き菓子をイギリスの前に差し出した。

 聖女フランスの姿をしたイギリスが焼き菓子をじっと見つめる。


「明日はシャルトル聖下のいる中央の大聖堂に行く予定ですので、午前中は馬車に揺られることになると思います。酔い止めの色々、ご用意しておきますね」


 アミアンは、こくりと頷いたイギリスを見ながら、続けて言った。


「これ、いびつですけど、味は美味しいので、良かったら」


 アミアンがそう言うと、イギリスは、ひとつ取って、ゆっくりと食べる。


 あいかわらず、おかわいらしい。

 ちょっとずつ、大事そうに食べるところがもう、たまらない。


 ふと、イギリスが食べるのをやめてアミアンを見て言った。


「教会では、毎日こういう菓子を食べるのか?」


「えっ! あっ、いえ、それは、その」


 アミアンは、そんなことを聞かれるとは思っていなくてつまった。お嬢様みたいに、とっさにうまくごまかしたりはできないし、うそは苦手だ。


 アミアンは、しどろもどろに答えた。


「いや、食べるわけでは……、ないです」


 イギリスは、質問をやめない。


「毎日出ているが、貴重な砂糖を使っているだろう。これは、教会のものも食べるのか?」


「うぅっ」


 陛下、するどいです。

 貴重な砂糖の使い方がこの教会には似つかわしくないと、バレている。


 でも、わかるか。


 毎日、朝食なんて存在しないから、お嬢様がかわりに焼き菓子を焼いているのだし。陛下のために、正午前に出している昼食は、肉も魚も少ない、野菜スープとパンとか、かゆばかりだ。


 でも、その菓子は陛下用ですとは言えない。


 お嬢様が、城を破壊しつくした罪滅ぼしとして陛下用に作っているが、こんなことで罪は消えないから、絶対に言うなと口止めされている。


 お嬢様は、陛下に美味しいもの食べさせてあげよう運動の一環と、城壊滅への贖罪行為として、手間のかかる焼き菓子をせっせと毎夜作っている。


 アミアンとしては、お嬢様の努力なのだし、悪いことではないのだから、言ってしまいたい。


 でも、言ってしまえば、お嬢様を裏切ることになる。


 アミアンは、正直に言える範囲で言おう、と決意して言った。


「教会のものは食べません」


 これは、お嬢様が作っていることには絡まないから言ってもいいだろう。


 イギリスが、怪訝な顔をして言う。


「まさか、わたしに出すように貴重な砂糖を使っているのか?」


 それは……。


 アミアンは、堂々と言った。


「言えません!」


 イギリスが、眉間に皺をよせた。


「言えない?」


 アミアンは、はっきり言った。


「口止めされているので、言えません」


 そうだ、これは言うなとは、言われてない。


 アミアンは、また、はっきり言った。


「お嬢様に『言うな』と言われているので、言えません」


 イギリスがうなずく。


「そうか。では、言わなくてよい」


 陛下ったら、無理に言わせたりしないんですね。やっぱり、おやさしい。


 イギリスが、表情をかえずに言う。


「わたしが聞いたことが正しければ縦に、まちがっていれば横に首をふれ」


「えっ! 陛下、天才ですか⁉ すごい‼」


 アミアンは、拍手した。


 それなら『言った』ことにはならない。お嬢様は『言うな』と言ったのだから。


 イギリスは、ふん、と小さく言って得意そうな顔をした。


 かわいいなあ。


「では、聞くぞ」


「はい! どうぞ!」


 イギリスが、焼き菓子を持ち上げて言う。


「この菓子は、わたし用につくられた」


 アミアンは首をたてにふる。


「食堂の者がつくった」


 アミアンは首をよこにふる。

 イギリスは、すこし考えるようにして言った。


「アミアンがつくった」


 アミアンは首をよこにふる。

 イギリスが、目を細めた。


「聖女が、つくった」


 アミアンはうなずいた。

 イギリスは、すこし間をおいて、言った。


「聖女が、城を破壊した罪滅ぼしでつくった」


 アミアンは首をたてにふった。

 また、イギリスはしばらく考える。


「教会の砂糖を使ったのか?」


 アミアンは首をよこにふった。


「わざわざ砂糖を買った」


 アミアンは首をたてにふった。

 イギリスは、納得したようにうなずいた。


「なるほど。わかった」


 よかった。

 せっかく、お嬢様が頑張って作っているのだし、伝えられてよかった。


 アミアンは嬉しくなって言った。


「わたし、言ってないですよね」


「ああ、わたしも聞いてはいない」


 陛下は今日も、おやさしい。


 アミアンは、嬉しくなってつい説明した。


「お嬢様、ちょっと雑なところがあるから、形はわるいですけど、けっこう美味しくお菓子も作られるんですよ。味見しすぎるところが問題ですけど。昨日も、味見といって三割くらい食べてしまいました」


「アミアン、言ってしまっているぞ」


「ああっ!」


 いや、でも、これは味見のことだから……。

 主よ、どうか、ゆるしてください。


 イギリスが、いびつな形の焼き菓子を見つめながら言った。


「聖女はよっぽど、城の修繕費のことが気にかかるようだな」


「それもありますけど」


「他にもあるのか?」


 アミアンは、いつもよりぐっと沈んでいた、フランスの表情を思い出して、悲しくなった。


「お嬢様は、陛下の、なにか大切な思い出の品とか、大事にしているものを失わせてしまってはいないか、というのが一番気がかりなようです。『そういうものは、どうやったって取り戻せないから』って」


 お嬢様は、多くを失ってしまったから、そういうことに敏感だ。


 いくら、アミアンが、陛下は怒っていらっしゃらないということを伝えても、納得できないらしい。お嬢様は、そういう頑固なところがある。本人に会って、ゆるしを得られない限り、お嬢様が自分をゆるすことはない。


 しばらくして、イギリスが聞いた。


「聖女の好きな物はあるか?」


 アミアンは、まっすぐに答えた。


「お金です」


 イギリスがひとつため息をつく。


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