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第29話 魔王がこっそりしていたこと

「かしこいあなたなら、きっとうまく対処してくださると、信じたいのですが、いかがですか?」


 フランスは、シャルトル教皇の瞳を、しっかりと見つめ返して言った。


「はい。ご期待にこたえてみせます」


「ああ、フランス。あなたなら、そう言ってくださると思っていました」


 シャルトル教皇が、嬉しそうに微笑む。


「期待していますよ」


「はい、聖下」


 あ!

 これは、キスのチャンスじゃない⁉


 フランスは目をつむって、すこしうつむいた。


 額に、シャルトル教皇のキスが与えられる。


 聖下からかおる、この素敵な花の香りを、持って帰れたらいいのに。

 フランスはしっかりと、息をして、香りを堪能した。


 目をあけると、いつも通り、優し気な笑顔の、シャルトル教皇の顔があった。


「期間は一月ほどです。無事に終わったあかつきには、そうですね、あなたに何か贈り物をさせてください」


 聖下からの贈り物⁉

 絶対に欲しいわ‼


 フランスは、表情をおさえて言った。


「そんな、わたくしは、聖下にお言葉をいただけるだけで十分なのです」


 一応、一度、そういうふりをしておく。


 でも、下さい。

 二度目を、押してください。


「そうですか? では、言葉だけ伝えに行きましょうか」


「えっ」


 思わぬ返答に、戸惑って声をあげると、シャルトル教皇が、いたずらな顔で笑っていた。


 欲しがってるの……、ばればれだったんだわ。


 フランスは小さい声で言った。


「やっぱり、欲しいです」


 シャルトル教皇が、なんだか親しみやすい表情で笑う。


「すみません、フランス、あなたの表情がかわいらしくて、つい、いじめてしまいました。なんでも、あなたの欲しいものを用意しましょう。考えておいてください。もちろん、おまかせと言って下さってもいいですよ。わたしが一生懸命に考えますね」


 そう言ったあと、彼は真剣な表情に変えて言った。


「あなたが、心配です。イギリス陛下は、何を考えておられるか、つかみにくいお方ですから。聖女を軽んじることは、教国を軽んじることと受け取るという旨は、教国の意向として伝えましたが」


 何を考えているか……。

 城を破壊されて、怒っていらっしゃると思います。


 フランスは、自分に対してもなぐさめようと言った。


「主がお守りくださいます」


「ええ、そうですね」


 シャルトル教皇が、すこし考えるようにしたあと、笑顔で言った。


「毎週、この時間に、会いに来てくださいますか? 美味しい茶菓子を用意しましょう。ぜひ、あなたの教会について、聞かせてください」


 これは、イギリス陛下について、報告しろということね。


 毎週、聖下にお会いできるのは、嬉しいけれど。

 なんだか、不自由な心地がするものね。


 フランスは、シャルトル教皇の執務室を退室すると、大聖堂のなかをうろうろと歩きまわった。


 どこかに、ちょうど良さそうなのが、いないかしら。


 うーん。


 あ。

 いた、いた。


 フランスは、顔見知りの司祭をつかまえて、端によって、小声で言う。


「ねえ、教えて欲しいことがあるの」


「なんです、いやですよ、ややこしいことにまきこまれるのは」


 司祭は、いやそうな顔をして、フランスにつかまれている袖をとりもどそうと引っ張った。


「失礼ね。いつも、ややこしいみたいに言わないで」


「ややこしいじゃないですか。大公国でも、存分にややこしくしていたと、聞きましたよ」


 大公国での件を知っているなら、話がはやいわ。


 フランスは、司祭の袖をしっかりと握り込んで言った。


「その大公国で一悶着あった、帝国について教えて欲しいのよ」


「何を知りたいんです?」


「皇帝が教国に来るって聞いたけど、聖下が、ただでそんなことゆるすはずないわ。帝国側はなにを支払ったのか教えてよ」


 司祭は、まわりをうかがうように見てから、右手の指をこすりあわせる。


 フランスはさっと金貨を一枚、握らせた。


 司祭は声を落として言った。


「国境に教会をたてるらしいですよ。費用は帝国持ちで」


 教会を……。


 教会をひとつ建てるだけでも、とんでもない金と人が動く。


「小さいのひとつだけ?」


 フランスが聞くと、司祭がまた指をすりすりする。


 がめついわね。


 フランスは金貨をもう一枚にぎらせた。


 司祭が、にやにやした顔で言った。


「大きいのみっつです」


「大きいのみっつ⁉」


 あまりのことに、つい大きい声を出して、司祭に「しーっ!」とやられる。


 フランスは司祭に礼を言って、壁に手をつき、ふらふらと歩いた。アミアンの待つ、馬車には向かわず、大聖堂の裏手にある小庭に向かう。


 古井戸のある小庭は、いつも人気がなく、ひっそりとしている。

 フランスのお気に入りの、休憩場所だ。


 フランスは力なく、古井戸のそばの地面に座り込んだ。



 どうしよう。



 イギリス陛下は、間違いなく、かんかんに怒ってるわ。


 教会みっつよ?

 しかも、大きいの。


 大きい……教会……。


 こわすぎて、大聖堂級かどうかまでは聞けなかった。大聖堂級だなんて言われたら、その場で叫んでいたかもしれない。


 とんでもない、金額よ。

 それを払ってまで、来るんだわ。


 ぜったい、わたし、大切なものを壊したんだわ。


 フランスの右目から、ぽろっとひとつ涙がこぼれる。


 フランスは、ひざを抱えて、ぎゅっと身体を小さくした。


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