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第27話 聖女、先っちょ、ふっとばす!

 フランスが、城の一部をふきとばしたあと、大変なさわぎになった。


 警備の騎士が集まり、ダラム卿が血相を変えて飛び込んできた。


 ダラム卿が来たころには、もう正午も間近だったので、ほとんどしっかりとした会話もできなかった。彼が心配そうな顔で「あなたの側にいてあげたいのですが、明日も、行けないかもしれません」と言っている、途中までで、入れかわってしまった。


 忙しそうにしているのに、城を破壊したことで、さらに忙しさに拍車をかけてしまった気がする。


 次の日の朝、フランスは憂鬱な気持ちで、魔王イギリスの姿で目覚めた。


 また、テーブルの上に手紙があった。


 今度は白うさぎの人形が、抱えるようにして手紙を持っている。手紙と一緒に一輪の花までそえてある。何もなければ、相変わらずの女たらしぶりに笑えただろうけれど、城を派手に破壊したあとでは、なんとなく見るのも憂鬱だった。


 フランスは封筒を手に取ってあけてみた。今日は、あまったるいお菓子のような香りがする。


 書き出しはこうだった。


『魔王の城にとらわれる姫君、うつくしのフランス嬢へ』


 ばかばかしい書き出しに、ちょっとだけ気持ちがなぐさめられる。


 つづきを読んでみた。


『まさか、あなたは疑ったりはしないでしょうね? わたしが、いますぐにでも、あなたのもとにはせ参じ、あなたのまえに跪いて手をとり、なぐさめて差し上げたいと、そう思っていることを』


 いっそ、そうしてほしい。


 あんなとんでもない騒ぎを起こして、すっかり気がふさいでしまっている。


 だれか、怪我でもしていたら、どうしよう。

 大切なものを、壊してしまっていたら、どうしよう……。

 城の修繕費、請求されたら……、どうしよう。


 手紙のつづきには、おそろしい思いをさせてしまったことに対する謝罪と、城の状態について気にすることはないこと、倒壊した部分には近づかないようにということ、そして一人にしてしまうことについて丁寧にわびる内容が書かれていた。


 おそろしい思いをさせたのは、こっちよ。


 こちらが謝りたいのに、だれもいなくて、それもできない。


 これじゃあ、大公国と、城までの馬車の道中、イギリス陛下とダラム卿は、気が気ではなかったでしょうね。


 手紙は、もう一枚あった。


 フランスは、二枚目の手紙を読んで、思わずくすりと笑った。


『もしや、この二枚目の手紙を読むにあたって、くらい顔などなさっていないでしょうね。どうか、わたしの真心をご理解ください。あなたに、笑顔ですごしていただきたいのです。微笑んでいただけなければ、夜ごと、陛下の部屋に、愛らしい捧げものを手にして、訪れているかいがないというものです。想像してみてください。陛下の目の前で、テーブルの上に、これらを丁寧に角度まで気にしながら置いている、わたしのおろかな姿を。あなたの道化師。ダラム』


 想像すると、おかしい。


「花を持って夜ごと、陛下の寝室をたずねるなんて、陛下とダラム卿が恋仲だといううわさが、またおおきくなってしまうわね」


 フランスは、ダラム卿の心づかいに感謝しつつ、部屋にあった紙とペンで、返事を書いた。


 城をこわしてしまったことについての謝罪と、ダラム卿の気づかいへの感謝を、丁寧に書く。城の修繕費については……、ふれないように、注意して、書く。


 フランスは手紙を書いたあと、城の塔にのぼって、また昨日の本のつづきを読んだ。


 せめて、赤い竜の力について把握するくらいは、しておきたい。したからといって、制御できなければ、何の意味もないけれど……。


 塔のうえなら、昨日みたいなことが起きても、先っちょがふっとぶだけで、すむかもしれない。それでも、とんでもない被害だけれど……。


 フランスは、おおきなため息をついてから、本をひらいた。


 せめて声だけでも元気に出してみようと、読み上げてみる。


「赤い竜の呪いは、赤い竜の能力として引き継がれたものと思われる。力の一つとして、自由に姿を変えることができる。ただし、それは他人になりすますことはできず、ただ己の姿を、別の生き物に変えることができるというものである」


 どんどん、伝説とか魔法とか、なんだか信じられない感じになってくるわね。


 姿をかえられる?


「じゃあ、赤い竜の姿にもなれるってことかしら」


 本で見た美しく強そうな赤い竜の絵を思い出した瞬間、視界が高くなった。


 とまどう間にも、どんどん、視界が天井に近づく。


 フランスがとまどいの声をあげる間に、塔のてっぺんにある、ちいさめの部屋が窮屈になり、押し広げるようにして、天井を打ち破ってしまう。


 塔をつくりあげていた石が、あたりにばらばらとはじけ飛ぶ。


 フランスの身体に、痛みはなかった。


 真上には、空がある。


 目の前には、城の屋根と、そのむこうには森がひろがっている。


 フランスの戸惑いの声は、まるでひびわれた地響きのような声になった。


 身体は、まだまだ、どんどん大きくなる。塔の上で、その姿を支えられないほど、大きくなったとき、背と尻に違和感があった。


 新しい感覚だった。

 何か、新しいものがそこにある。


 いつもより長くなったらしい首をそちらにむけると、大きな赤い翼と、大きな赤い尾が見えた。鱗が陽に輝いている。


 そうこうしているうちに、手でつかんでいた塔の部屋の床が、身体の方が大きくなりすぎて、乗っていられなくなる。バランスをくずして、思わず、足を下におろしてしまう。


 足元の城が、すごい音と土煙をたててくずれた。


 いやーっ!

 これ以上、壊さないでよ!


 フランスは、手のおきどころを変えようと、動かしたつもりだったのに、はばたいてしまった。一瞬、身体が上に引き上げられるようになって、バランスを失う。


 フランスの信じられないほど大きくなった体が、前にむかってゆっくりと倒れた。


 丁度、目の前に、庭園があった。

 城の隣にある、手入れされた美しい花園だ。


 大きくなりすぎた身体が、その美しい花たちをなぎたおうすようにして、盛大に倒れこんだ。


 わ、すごい花の匂い。

 鼻がむずむずするっ。


 フランスは、たまらず思いっきりくしゃみをした。


 口から炎がでる。


 花園が勢いよく燃えた。


 いやーッ‼


 フランスは、なんとか消そうと大きな手で炎をたたこうとした。

 たたくつもりが、また羽ばたいてしまう。


 風が、炎を巻き上げるようにして、その勢いを加勢した。


 フランスは天を見上げて「なんでなのーっ!」と叫んだつもりだった。



 あたりに、響きわたったのは——。



 赤い竜の恐ろしい咆哮だった。


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