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第25話 ふたりの美しい王子、呪いと祝福

「三百年とすこし前、小さな公国には、ふたりの美しい兄弟の王子がおりました」


 ダラム卿の言葉に、フランスは、前のめり気味になって聞き入った。


「ふたりの王子が立派な騎士として成長したころ、小さな公国を赤い竜が荒らすようになったのです」


「まあ」


 竜が出て来るなんて。

 まるで、ほんとうに伝説のようで、わくわくする。


「ふたりの王子は、この赤い竜を打ち倒そうとしました。力を合わせて、公国の危機を乗り越えねばなりません。ですが、弟王子が、兄王子を裏切りました」


「ええ、一体なぜ」


「兄王子には、大切に思う恋人がおり、婚約もしていました。隣国の美しい姫君です。兄王子と姫君の仲睦まじさは、誰もが知るところでした。ですが、弟王子が、この姫君とあとから恋仲になって、奪おうとしたんです」


「え……」


 隣国のお姫様も、弟王子も、ひどいわね。


「婚約している兄王子のことがうとましくなった弟王子と姫君は、画策して兄王子をひとりで赤い竜のもとへ向かわせました」


 ひどすぎる……。


「不利な状況でしたが、兄王子はひとりで竜を打ち倒し、生き残りました。ですが、その時に、赤い竜の呪いを受けてしまったのです」


「えっ!」


 まさか、そのかわいそうな兄王子が⁉


 イギリスの、食べることができない呪いを思い出す。


「兄王子の三百年後の姿が、現在の陛下です」


 やっぱりー‼


 フランスは、心配になって聞いた。


「え、その後、裏切った弟王子と隣国のお姫様は、どうなったんですか?」


 殺されたりしている?

 それとも、やさしめの、国外追放?


 ダラム卿が、あっけらかんとした顔で答える。


「結婚しました」


「——っ‼」


 フランスは、思わず口もとに手をやった。


 それじゃ、ほんとうに、かわいそうすぎるじゃない。


 必死に戦って呪いを受けて帰ってきて、弟と恋人の裏切りを知って、裏切ったふたりが結婚してめでたしめでたしなの?


 もしかして、わたしにあたりが強かったのって、このとんでもない隣国のお姫様の悪女っぷりのせいかしら。


 ……ありえるわ。


 ダラム卿が、淡々と言う。


「陛下が受けた赤い竜の呪いは、不死の呪いです。裏切った弟王子も、婚約者だった隣国の姫君も、ともに戦った仲間も友もすべて死に、陛下は、ひとり今も生きておられます」


 フランスは、すっかり悲しくなってしまった。


「さて、この先が、知ってほしいことなのですが」


 ダラム卿の言葉に、フランスは、彼の瞳を見た。真剣な表情があった。


「フランス、あなたを、こわがらせたくはないのですが、今の、あなたの状態は、とても危険です」


「危険?」


「赤い竜の呪いは、陛下おひとりの身にとってみれば、まさに『呪い』です。しかし、それは、この帝国においては『祝福』なのです」


 フランスは眉をひそめた。


「なぜ、イギリス陛下が受けた呪いが、帝国にとっての祝福となるのですか?」


「赤い竜の呪いが陛下に与えたものは、不死だけではありません。赤い竜の力そのものが、陛下のうちにあるのです。竜は、不死の存在であり、また、強力な力を持つ精霊でもある」


 ダラム卿は、そう言って、一冊の大きな本を開いた。

 ページをひらいて、フランスに見えるように広げてくれる。


 見ると、そこには、美しく強そうな赤い竜の姿が描かれていた。しなやかにのびる首と尾は長く、翼は優雅に大きい。


 そこには、赤い竜について、書かれていた。


 フランスは、ダラム卿の視線にうながされて、それを読んでみた。


「赤い竜は、堅牢な身体を持つ、不死の存在である。たとえドワーフの剣でつらぬき、エルフの矢をいかけたとしても、傷はたちまち癒える。翼はつよく、ひとふりで国をこえるほど飛ぶ。喉からは炎があふれ、その炎は森を一夜で焼き尽くす。尾を打ちつければ、地が揺れる。古い魔法をあやつり、空に虹をかけ、山を平らかにし、川の流れを変えることができる」


 祝福……。

 帝国にとっては……、そうでしょうね。


 赤い竜の力は、ここに書かれている通りなら、小さな国ひとつくらい、簡単に征服できそうに思える。


 帝国のものにとってみれば、これほど強い君主を持てることは祝福に他ならない。しかも不死の存在となれば、その力を失う心配すらない。


 ダラム卿が、フランスの表情をうかがいながら、訊いた。


「フランスは、帝国旗をご覧になったことは、ありますか」


 たしか、ある。

 フランスは記憶をたどった。


「あ——」


 思い出した。


 ダラム卿が、フランスの表情を見て、頷いて言う。


「そう、帝国旗に描かれているのは、まさに赤い竜です」


「本当に、帝国では『祝福』とされているのですね」


「ええ」


「陛下御自身は……、どう、お考えなのですか?」


「さあ、わたしごときでは、陛下のお考えまでは、はかることはできません。できませんが……、その力を受けると同時に、陛下が失ったものも、多くあります。それは、食事ができなくなったこともそうですが……。まあ、他にもいろいろと。それを考えれば、ただ『祝福』とは思えないかもしれませんね。きちんと『呪い』としての性質も帯びていますから」


 そうやって三百年も生きるというのは、どんな、感じがするのかしら。

 良いことも、たくさんあるといいけれど。


 自らが望んだ不死ではないのなら……。

 なんだか、つらいことばかり、想像してしまう。


 ひらいた本のページの上に置いていたフランスの手を、ダラム卿がぽんぽんと、なぐさめるように優しくたたいた。そのまま、手を重ねてから、急にいたずらな顔をして言った。


「愛らしいお嬢さんが悲しそうにしていたら、なぐさめずにはいられない性質たちなのですが」


 そこまで言って、今度は身を乗り出して、顔を近づけ、まるで秘密ごとを話すようにひそひそと言う。


「今は、陛下のお姿なので、なんだか、こうしていると罪深い感じがして楽しいですね。こんなところを誰かに見られたら、わたしと陛下が恋仲といううわさが、大きくなってしまうでしょうか」


 フランスがあきれた視線をやると、ダラム卿は、さも楽しそうに笑った。あんまりくつろいだ様子で彼が笑うものだから、フランスも笑ってしまう。


 おかしな方ね。


 ダラム卿は、ひとしきり笑ってから、手をはなして姿勢をもどし言った。


「あなたの今の状態が危険だと言ったのは、赤い竜の力のことです。あまりにも大きい力ですから、もし知らずにあやまって使えば、大変なことになります」


 それは、そうだろう。

 急に森なんか焼き尽くしたら、大変なことになる。


 ダラム卿が、なんだか残念そうな顔で言った。


「大公国での騒ぎで、わたしは、ついに陛下が、教国の聖女様にひとめぼれでもして、熱烈においかけているのかと思っていたのです。もしそうなら、どんな手をつかっても、あなたを帝国に連れ去ってやろうとまで思っていたくらいです」


 さらりと怖いことを言う。

 

 大公国で、あんなに大量の花や菓子を持って、機嫌を伺いに来たのも、そういう理由からかしら。


「でも、入れかわっていたと聞いて、ぞっとしましたよ。もし、入れかわった途端に、赤い竜の力を使ってしまうようなことがあれば、被害ははかり知れませんからね」


 フランスも、想像してぞっとした。


 だから……。


 だから、大公国でずっと側においておこうとしていたのね。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【赤い竜】

イギリスの構成国であるウェールズでおなじみの存在。

伝承や物語に象徴的にあらわれます。ブリタニア列王史ではマーリンが地中にいた赤い竜と白い竜について解き明かす話が有名。

ウェールズの旗にも赤い竜、ラグビーウェールズ代表も『レッドドラゴン』の愛称で親しまれています。

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