第24話 ダラム卿と魔王は、恋仲らしい
フランスは魔王イギリスの姿で、ダラム卿のとなりを歩いていた。
豪華な城ね。
さすが帝国ほど大きな国だと、違うわ。
聖女フランスの身体が教会についた日から三日ほど遅れて、魔王イギリスの身体も帝国皇帝の居城についていた。
ダラム卿が、やさしい笑顔をフランスに向けて言う。
「ここは、普段陛下が住まわれている宮とは違うのですが、あなたのことがありますから、移りました。古くて小さいのですが、他の建物と離れているので、安心してお使いいただけるかと思います」
古くて、小さい?
いや、そんな風には見えない。
古くてというなら、教会の方が断然古いし、小ささも教会の方が断然小さい。
片田舎の教会と、皇帝の居住区を比べちゃだめね。
「使用人も、午前中はここに近づかないようにしています。必要なものは、揃えておきますので、不足があれば言ってくださいね」
「ありがとうございます」
「どこも、自由に見てくださって、かまいませんよ。城の外にも出てもかまいません。ただ、あまり離れない方が良いでしょうね。迷子になるかもしれませんし。一応、周囲は警護の騎士が取り囲んでいるので、どこかで見つけられるとは思いますけれど」
「出るのはやめておきます。城の中だけで十分に広そうですし」
「そうしていただけると、助かります」
ダラム卿に案内されながら、フランスは、城の中をたのしい気持ちで歩いた。廊下のいたるところに、美しい調度品があり、壁にはいかにもな絵画がかかっている。
見てまわるだけでも、とっても楽しいわ。
アミアンも、ここにいられればいいのに。
城の中を、ダラム卿は、丁寧に説明しながら、案内してくれる。フランスのささいな質問にも、気さくに答えてくれた。
停戦協定を結んだとはいえ、帝国の事情は、まだフランスにとっては謎につつまれている。そんななかで、ダラム卿の、気さくな様子は、フランスをほっと落ち着かせた。
入れかわっている間は、どこかに閉じ込められるかも、と思ったけれど、その心配はなさそうね。
ダラム卿が、立派なつやがかった木製の、重そうな両開きの扉の前で立ち止まった。
「実は、フランスに知っておいてもらわなければ、ならないことがあるのです」
「なんでしょうか?」
「あなたに、知るべきことはすべて隠さず伝えるようにと、陛下から言われておりまして」
ダラム卿は、そう言って目の前の扉を開いた。
中は、真っ暗だ。
ダラム卿は「少々お待ちを」と言って、中に入った。フランスは、入り口に近づいて、中をのぞいた。
中は、埃っぽい香りと、なにか独特の香りがする。
なんの、香りかしら。
光が差した。
ダラム卿が、分厚いカーテンをあけている。
フランスの目の前に、壁一面ぎっしりの書棚があらわれた。部屋は二階分のふきぬけのつくりになっていて、二階の壁もすべて本棚になっている。
わあ、すてきな書架室ね。
この独特の香り、インクの香りだったんだわ。
すべてのカーテンをあけると、ダラム卿が「どうぞ」と招く。フランスは、中に入って、背の高い本棚を見上げた。
「すごい数の本ですね」
「ええ、古い蔵書もたくさんあります。かといって、気を張るほど貴重なものは、ここにはありませんので、どれもご自由にお読みいただいてけっこうですよ」
最高じゃない。
ここで本を読むだけでも、楽しい時間を過ごせそうね。
ダラム卿は、古い蔵書がある一角に行って、いくつかの本をとりだした。
中央にある、立派な細工の大きなテーブルを指して言う。
「フランス、どうぞ、こちらへ」
フランスは、ダラム卿と向かい合う形で、座った。
ダラム卿は、すこし悩むようにして言った。
「さて、知るべきことはすべて隠さず伝えるように、とは言われましたが、どこから何まで話したものか……」
ダラム卿が、いたずらな笑顔で続けて言う。
「フランス、あなたが知る陛下についての話は、どのようなものですか?」
えっ。
答えづらい。
フランスはためらいながらも、正直に答えた。
「在位はすでに三百年をこえていて、あやしの力を使って、諸国を支配下におさめている……魔王……」
ダラム卿がくすくすと笑いながら言う。
「大丈夫ですよ、怒ったりしませんから。他にもありますか?」
「うーん、あとは、本当かどうかあやしげな噂で言うと、山をひとつ吹き飛ばせるとか、ひとりで騎馬隊を打ち破れるとか、人を言いなりにさせる力があるとか……」
ダラム卿がわくわくした顔で聞いている。
言ってしまっても大丈夫かしら。
「あと、結婚はしていないけれど、あらゆる国の美女をあつめたハーレムを持っているとか、逆に、男好きで綺麗な男をたくさん侍らせているとか……」
ダラム卿がおかしそうに笑った。
ええい、全部、言ってしまえ。
「でも、人嫌いで、女嫌い、という噂も聞いたことがあります。あと……、ダラム卿と……恋仲という……うわさも」
ダラム卿が、ははは、と大きな声で心底楽しそうに笑って言った。
「はあ、楽しいです。陛下のうわさ集をつくって、陛下に贈ってあげたいくらいです」
それは……。
どうなのかしら。
なんだか、ダラム卿は、気を許して話してしまいたくなる雰囲気を持っている。フランスはすっかり肩の力を抜いて、彼と話していた。
ダラム卿は、楽しそうな雰囲気のまま言った。
「うわさには、真実も虚飾もないまぜです。それでは……昔話からはじめましょうか」
昔話?
ダラム卿は、まるでうまい語り手のように、話しはじめる。
「むかしむかし、もとは、この帝国も小さな公国のひとつでしかありませんでした。三百年とすこし前、小さな公国には、ふたりの美しい兄弟の王子がおりました」
え、なになに、わくわくしちゃう、ふたりの美しい王子⁉




