第23話 美味しいもの、いっぱい食べてね
フランスは、正午に、久しぶりの自室で、聖女フランス自身の身体で、目を瞬かせた。
あ、自分の部屋。
なんだか、すごく久しぶり。
アミアンと目が合って、思わず叫ぶ。
「あ! アミアン! 聞いて!」
「あ! お嬢様ですか! こちらも話すことがめちゃくちゃありすぎて大変ですよ!」
「なによ。何かあったの」
「もう、ありまくりです」
アミアンが、午前中に起こった、カリエールとアリアンスのことについて、教えてくれる。
フランスは、思わず大きな声で言った。
「カリエール! あの子ったら! あの道をひとりで走って、しかも馬車を停めてまわるなんて! あとでお尻ぺんぺんものよ!」
「ほんとうに、いま、思い出しても、こわいです」
「やだあ、泣きそうよ、もう。こわかっただろうに、一生懸命走ったのね」
フランスとアミアンは、お互いの両手をぎゅっと握って、主に感謝の祈りをささげた。
「アリアンスもカリエールも、お救いくださりありがとうございます」
そのまま、手をにぎりあったまま、フランスは言った。
「入れかわっても聖女の力は使えるのね」
「みたいですね」
便利ね。
午前中に、どうしても行かなきゃいけない仕事ができても、なんとかなるわね。
フランスは、アミアンの『めちゃくちゃありすぎて』を思い出して、訊いた。
「他にも、何かあったの」
「ありました!」
「なに⁉」
カリエールとアリアンスの件だけでも、とんでもない事件なのに、これ以上、何があるんだろうか。
「陛下が、かわいすぎます!」
「えっ」
フランスは、思わずのけぞった。
「ほんとうに愛らしすぎて、わたし、もうちょっとで、キスしちゃうところでしたよ。あ、お嬢様に戻ったからできますね。お嬢様、かわいい! かわいい!」
アミアンが、フランスの両頬にキスする。
フランスは、のけぞったまま聞いた。
「ねえ、想像つかないんだけど。かわいいって何」
「いや、もう、特に、何かを食べている時が」
それを聞いて、フランスは思わず、のけぞりを戻して叫んだ。
「待って‼」
今度はアミアンがのけぞる。
「なんですか⁉」
「食べてたの⁉」
「はい、食べてましたよ。昨日買っておいた朝食用のカチカチのパンと、ちょっとしなしなのキイチゴ。美味しそうに」
アミアンの『美味しそうに』の発言のところで、フランスの涙腺が刺激される。
「えっ、待って、泣きそう。そっか、入れかわったから食べれるのね。そういえば、昨日はヌガーも食べたって言ってたわね!」
アミアンが不思議そうな顔をする。
「え……、どういうことですか?」
フランスは、今朝、ほんのすこしだけ口にした、高級宿屋の朝食を思い出しながら言った。
「わたし、今朝、むこうで朝食を食べたのよ。何も味がしないの。まるで、何か不快なものを嚙んでいるだけのような感じだったわ」
「それって……どういうことです?」
「イギリス陛下は、食事はされないんですって、もうずっと長いこと」
アミアンが首をひねって、怪訝な表情をした。
「そんなことで生きていられるんですか?」
「よく分からないけど、呪いでそうなったらしいわ。そこまで聞いて、あとはダラム卿が忙しそうだったから聞けなかったけど」
つかの間、沈黙がおとずれる。
アミアンが、しずかな声で言った。
「ずっとですか?」
「帝位についてからって言ってたわ」
「え……、うわさ通りなら、三百年ってことですか?」
「……」
「……」
アミアンが、なにか耐えるようにして言った。
「陛下、ヌガーを大事そうにずっと、口の中でころがして味わってらっしゃるんです」
「やだ、やだ、やめてアミアン、そんなの聞いたら!」
フランスは思わず、アミアンの手をぎゅっと強くにぎりしめた。
アミアンも、同じように握り返してきて、言う。
「前日のお昼に買ったカチカチのパンを……大事そうに、もぐもぐ食べるんです。美味しそうな顔で」
「ああ、無理よお」
フランスは、つらくなって、アミアンから視線をはずした。
もう、耳をふさぎたい。
「お口に合わないかもと思って、大丈夫ですかって聞いたら……『おいしい』って言うんです」
「いやあぁぁぁ」
フランスは耐えられずに、しゃがんだ。
アミアンも、一緒にしゃがむ。
「教会に帰ってきたら、キイチゴをもらったんですよ。一粒だけ口に入れたら、大事そうに味わってました。まだ熟れきってない、すっぱいやつぽかったのに」
「うわぁぁ、やめてぇぇ、そんなの聞いたら泣いちゃうわよ」
「わたしも、泣きそうになってきました」
フランスは、もう泣いていた。
アミアンも、同じように泣いている。
「美味しいごはんを三百年も食べられないなんて」
「つらすぎます」
ふたりで抱き合って、泣いた。
「明日から、美味しいもの食べさせてあげましょ」
「はい、お嬢様」
「なにも言わずに、たらふく食べさせてあげましょ」
「そうしましょう」
「といっても、出せるのは、ほとんど野菜スープばっかりだけどね」
ふたりで、泣きながら笑う。
アミアンが、くすくすと笑いながら言った。
「変に豪華なのが出てきたら、気をつかわれるかもしれないです」
「なぜ?」
アミアンが部屋をさして言う。
「貧乏だってバレましたから」
「ああ、まあ、しょうがないわよ。どうせこの部屋を見れば分かるでしょ」
「ですね」
「遠征でお金がかかったし、また稼がなきゃね」
「お手紙いっぱいきてますよ」
やれやれだわ。
また、あわただしい日常がもどってくるのね。
あ!
フランスは、『手紙』と聞いて、素晴らしいことを思い出した。
「聖下にお手紙出さなくちゃ。顔を見せに来るようにって言って下さったもの」
アミアンが、心配そうな顔で言う。
「午前中になったらどうするんです」
そうね。
それは、まずいわ。
フランスの心の内に、昼餐会でのイギリスとシャルトル教皇の、とんでもない険悪な雰囲気がよみがえる。
なにか、午前中の用事を、つっぱねる、上手い手はないかしら。
あ!
あるある!
フランスは、にやっとして言った。
「大公国で騒ぎをおこしたから、反省して、しばらく午前中は『沈黙を守る』ということにするわ」
「お嬢様、天才ですね!」
内面的な成熟を得るために、沈黙し、自らの行いを反省して神とともにありたい、といえば、聖職者はほとんど、これを邪魔することはない。
よし。
あとは、問題なく入れかわって、過ごせればいいのだけれど……。




