第22話 悪女のドレスを脱がせてみたら?
馬車は、教会前の大きい広場に停まった。
アミアンは、馬車を降りる聖女フランスの姿をしたイギリスの手をささえる。イギリスが、広場におりたつと、通りすがったひとりの年かさの男が声をかけてきた。
「おー、聖女様、やっとお帰りか? 二日も遅れるなんて、また、何か、しでかしたんだろ?」
「あ! 今ちょっと、聖女様は、声がでなくて!」
アミアンがそう言うと、男は心配そうな顔をした。
「え、大丈夫なのか? さすがの聖女様も、旅で疲れちまったか?」
「あー、大丈夫です。喉だけ、ちょっと調子が悪いだけですから!」
「あ、そういえば、貸衣装屋のやつが、かんかんで、門の前にはりこんでるぞ」
「えっ⁉」
アミアンは、教会の門のほうを見た。
立っている。
貸衣装屋の顔見知りの男が、立っていた。
しまった……。
衣装の返却期限は……、昨日だ。
門の前に立つ男が、アミアンと聖女の姿に気づいて、すっ飛んできて、叫んだ。
「聖女様! 困りますよ! もう、明日には、その衣装の予約が入っているんですから! 早く返してください!」
アミアンは、地面に荷物をおいて、急いで衣装を取り出す。
貸衣装屋の男は、急ぎながらも、念入りに状態の確認をする。
昼餐会の衣装と、予備の衣装を渡し、いやらしい大ぶりのアクセサリーと、髪飾りも、すべて渡す。靴も。
貸衣装屋の男が、帳簿とにらめっこしながら、数が合っているか確認して、ひとりごちる。
「うん、うん、うん。合ってますね? 合ってますね。はい、はい、はい。状態も? よし、よし、よし」
先に話しかけてきた年かさの男が、笑いながら言った。
「やめてやれよ、貸衣装屋。こんな広場で、取り上げるみたいにしちゃ、かわいそうだろ」
「だまってろ! こっちは商売でやってるんだ!」
アミアンは祈った。
延滞料が、高くありませんように。
すべて確認を終えたらしい貸衣装屋が、イギリスに向かって言った。
「すべて、状態も問題なく、確認いたしました。ご利用ありがとうございました。今回の延滞料ですが、いつもご利用いただいておりますので、安くしたうえで! ほんとに、安くしたうえで、ですよ……」
そこまで言って、貸衣装屋が「うん?」と言って、怪訝な顔でイギリスを見た。おそれるような声で言う。
「えっ、どうされたんです? いつもなら、わたしに話す余裕すら与えないのに?」
「旅のおつかれで、声が出ないらしいぜ」
先に話しかけてきた年かさの男の言葉に、貸衣装屋の男が、さらに、おそれるような顔をした。
「え……、なんだか、いつもの、あの感じがないと、こわいですね」
貸衣装屋の男は、ぶるっと震える仕草をして、荷物をかかえて言う。
「今日のところは延滞料はけっこうです。あとが、こわいですし。ぜったいに、次も、うちを贔屓にしてくださいよ!」
アミアンは「します!」と答えておいた。
貸衣装屋の男は、アミアンとフランスが乗ってきた馬車に、無理に乗り込んで、去っていった。
御者さん、かわいそうに。
でも、延滞料……なくてよかった……。
先に話しかけてきた年かさの男が、言った。
「荷物、持ってやろうか?」
「あー、いや、もう衣装返したら、すっかすかなんで、大丈夫です」
「おう、そうか。聖女様、喉しっかり治せよ。じゃあな」
男は、人懐こい笑顔を見せてから、去っていった。
その後も、アミアンがイギリスを部屋まで案内する間に、つぎつぎと、色んな人が声をかけてくる。
丁寧に挨拶をする者もいれば、大公国でなにかしでかしたかと、からかう者もいる。中には、商売ものの野菜や果物を手渡してくる者もいた。
イギリスは、教会の中にある屋根付きの広場の様子を、興味深そうに見ているようだった。教会の広場では、人が座り込んだり、談笑したりしながら、物を売ったりしている。
人気の少ない回廊まで進むと、イギリスが言った。
「教会を民たちに、市場として使わせているのか」
「はい、ほんとはだめなんですけど、まあ、どこの教会もやってますよ。場所代でかせぐんです。ここでは、場所代は、ほとんどとってないですけどね」
「領主ににらまれないか?」
「めちゃくちゃ、にらまれてます」
教会の内側は、領主たちの権利がおよばない。
民が商売をすれば、領主は税金をとれるが、教会の内側で商売をされては、とれないのだから、にらまれもする。
「もめないのか?」
「もめています。お嬢様がいつも『そのようにせめられては、聖なる力を使う時に、全力を出し切れるかどうか不安になってしまいますわ』とか、『あら、教会にご不満がおありなんですね』とかにっこりやって、聖なる力と、教会の権力をかさにきておどしています」
アミアンが、フランスの口調を真似ながら言うと、イギリスが小さく笑った。
アミアンも笑って、言った。
「とんでもないですよね。主もどん引きですよ」
回廊を進んでいる間にも、すれ違う人が、声をかけてくる。
ひとりの、身体の大きな、いかにも『強いおかみさん』といった風情の女は、持っていたカゴから、大量のキイチゴをつかみ、「フランスちゃん、お食べ!」と言って、イギリスに押し付けるように渡した。
イギリスの両手の上に、キイチゴがこんもりと盛られる。彼はキイチゴをじっと見つめていた。
「おいしいですよ、それ。ちょっとすっぱいですけどね」
あ、両手がふさがっているから、食べれないか。
アミアンはひとつとって、イギリスの口の前に差し出した。イギリスはすんなり食べる。
かわいい。
癒される。
お嬢様なら、なんで一個なのよ、どうせなら十個ぐらい一気に入れて、とか言いかねないのに。陛下の、このつつましさったら。
ようやっと、聖女フランスの私室についた時には、もうお昼に近い時間だった。
アミアンが荷物をおろしていると、イギリスが言った。
「民ばかりで、教会の者の姿がなかったな」
「あ、いるにはいるんですけど、ここは、ほんとに最少人数でやりくりしておりまして。そこいらじゅう走り回っているので、目に入らないかもしれません」
「迎えもなし、護衛の聖騎士もなしか?」
「迎えは、お嬢様がするなと言ったから、みんな来ないと思います。あと、一応ここにも常駐の騎士はいるんですけど、教会の警備をするのにおいていったんです。お嬢様が、もめごとなんか起きた時には、がたいの良いのがいると言って」
「聖女単独での移動は危なくはないのか?」
「お嬢様が言うには、粗末な馬車で堂々と行けば、聖女だなんてバレない、とのことでした」
イギリスが、部屋を見やった。
ぐるりと見回すほどの大きさもない。
「せまい部屋でしょう。お嬢様ったら、ほとんど物ももたないから、なんにもなくて殺風景で」
「衣装は、すべて貸衣装なのか」
「はい。お嬢様、服は祭服も含めて五着しか持ってないんです。悪女なのに、笑っちゃいますよね」
こじんまりとした部屋には、小さなベッドがひとつと、ひかえめな大きさの衣装入れがひとつ、あとは古びた小さな鏡台があるだけだ。
「意外でしたか?」
「ああ」
「お嬢さまったら、あのとんでもなく回る口と、きつめの眼つきで、悪女っぷりをとどろかせていますからね」
「貴族からまきあげた金は、ため込んでいるのか?」
「いいえ、教会の維持とか、民への施しとかで、ほとんど残っていません」
アミアンは、イギリスの瞳を見つめて言った。
「陛下、残念なお知らせが」
「なんだ」
「なんとなく、もう、そうだろうなって、うすうす感じてらっしゃるかもしれないですが……」
アミアンは、笑顔で続けて言った。
「ここ、めちゃくちゃ貧乏です」
アミアンの、へへっと笑う声が、小さな部屋にひびいた。




