第19話 道端で食べる粗末な朝食
アミアンは、小川のほとりで、イギリスの濡れた顔をふきながら言った。
「そろそろ御者も起き出したかもですね。昨日、町によったときにパンを買っておいたんです。もどって朝食にしましょう。きっと乾燥してカチカチで美味しくないですけどね」
アミアンはそう言って笑いながら、イギリスの手をひいた。
今度は、小川のそばにある小さな地面のさけめを跳ぶとき、イギリスはしっかりとアミアンの手をにぎって、跳んだ。
「お上手です陛下~。お嬢様よりずっと、お上手ですよ。お嬢様だったら、へっぴりごしでしばらく跳べずに、文句を言っていたかもしれないです」
イギリスが小さく笑った。
「ほんとなんですよ、お嬢様ったら、ほんとにどんくさいんです。でも、本人は、どんくさいとは思っていないんですよね。そういうところが可愛らしいんですけど」
「アミアンは聖女のことが好きなんだな」
「はい、大好きです」
「そうか」
「わたし、陛下のことも、もう好きですよ。とってもお優しいですし」
なんだか、とっても、かわいいですし。
「そうか」
「はい」
馬車に戻ると、御者はすでに起きて、馬の手入れをしていた。
アミアンは馬車の中から、昨日買っておいたパンを取って、ひとつ御者にわたす。御者はぺこりと挨拶して、パンを持ち「馬に水をやってきます」と言って、小川の方へ行った。
布にくるまれたパンと、ぎりぎりまでうすめたぶどう酒を入れた瓶を、手に持つ。
アミアンは、馬車のそばでじっと待っているイギリスに声をかけた。
「陛下、この道端の石、座るのにちょうど良さそうですから、ここで食べましょう。馬車の中でもいいですけど、窮屈ですし」
イギリスはうなずいて、石にちょこんと座る。
素直でかわいいなあ。
お嬢様の見た目をしているからっていうのも、あるかもしれないけれど、なんだか、とってもかわいい。
たしか、大公国で入れかわりについて説明されたときは、陛下は男性らしく座っていたような気がする。でも、今は、お嬢様の身体を気づかってか、ちゃんと両足をそろえて、おしとやかに座っている。
気づかいもできるんだぁ、陛下。
そういえば、調印式の朝も、着替えの間ずっと目をつむっていたのは、お嬢様の身体への気づかいだろう。
入れかわったのが、陛下みたいな、お優しい方でよかった。
大公国で見た、陛下のお姿のままだと、すこし、緊張したかもしれないけれど、今はなじみ深いお嬢様の姿をしている。
アミアンの目には、イギリスが、とても愛らしく見えた。
お嬢様の姿なのに、いつものお嬢様より、ずっと物静かで、素直な感じが、よけいに愛らしく見えるのかもしれない。
あと、身体の使い方がよくわかっていない感じが、とくにかわいい。
さっきも、小川で顔を洗う時に、長い髪がぜんぶ川につかってしまって、困っていたし。長い裾に慣れていないからか、段差のあるところで裾をふみつけて、戸惑っていたし。お嬢様がよくやる、何もないところで躓く、を体験して、おそれるようにしていたし。
それ以降、手をさしだすと、素直に手をつないでくれるようになった。
お嬢様の身体、どんくさいから、大変だろうな。
でも、かわいくて、いい。
ぎゅっとして、キスしたい。
中身がお嬢様じゃないから、我慢しないと……。
アミアンは、気持ちをおさえて、イギリスの膝の上に布をひろげて、昨日買っておいたパンを置く。
アミアンも、となりにすわって、自分のパンにかぶりついた。
「あー、やっぱり、乾燥しちゃってカチカチですね。はさんでもらったチーズと塩漬け肉も、なんだか固くなってますけど……、まあ、食べれないことはなさそうです」
アミアンがそう言うと、イギリスは両手でパンを持って、一口かじった。
固いのか、ぐぐっと力を入れて、嚙みちぎった瞬間、ちょっとのけぞる。
かわいい。
もぐもぐと一生懸命に噛んでいる。
小動物っぽくてかわいい。
普段なら、朝食なんて買わないけれど、さすがに皇帝陛下に何もなしでは、悪いよね、とお嬢様と話して買ったパンだった。しかし、お世辞にも美味しくて満足のいく朝食とは言えない。
イギリスが一口目を飲み込んだところで、アミアンはおそるおそる聞いてみた。
「大丈夫そうですか?」
イギリスは頷いて言った。
「おいしい」
アミアンは笑った。
「え~、まさかですよ。皇帝陛下のお食事と比べたら、笑っちゃうほどお粗末なのに」
それなのに、イギリスは美味しそうに、もくもくと食べていた。
本当に、おいしそうに食べる。
え~、陛下って、いい人だ~。
こんな粗末な食事でも、美味しそうに食べてくださって。
ああ、かわいいなあ。
そういえば昨日もヌガーを食べるとき、ずっと口の中で大事そうに転がしていましたね。お嬢様なら、途中でがまんできなくて思いっきりかんでなくなっちゃうのに。
食事を終えて出発すると、イギリスは馬車の中でうとうとしはじめた。
あ、おなかがいっぱいになって、眠くなってますね、これは。
アミアンは、寝るときに使ったかけ布をまるめて、枕をつくり、イギリスの身体を、そっと押した。
「眠れば、馬車酔いも気にならなくなりますよ」
横になったイギリスの身体にかけ布をかけて、手に、朝つみとった草をにぎらせる。
すこしもみこんだから、馬車の中にさわやかな香りがひろがった。
イギリスはその草を握りしめて、目をつむった。
アミアンは、思わず、頭をなでる。
あ、つい、くせでなでてしまった。
イギリスはそのまま目を瞑っていた。
かわいいなあ。
アミアンは、自分の席に戻って、しばらくその寝顔を堪能した。
しばらく揺られていると、馬車が急にとまった。
なにか外で声が聞こえる。
イギリスが目を覚ました。
アミアンが何だろうと、馬車の扉をあけると、顔を、土埃と涙にまみれさせた、まだおさない面立ちの少年が立っていた。
その顔には、焦りと悲しみが見えるようだった。
少年が、聖女の姿をしたイギリスに向かって叫んだ。
「聖女さま! たすけてください!」




