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第180話 怪盗ブールジュ様

 フランスは、地下にある、立派な酒の貯蔵庫に、思わずうっとり息をついた。


 すごい。


 大量の、良さそうなお酒。

 ぜんぶ、飲んでみたい。


 城の地下の、複雑に入り組んだ場所に隠されるように、貯蔵庫はあった。樽に、瓶に、木箱まで、ありとあらゆる酒がたくさんつめこんである。


 ブールジュが、全員を貯蔵庫の中に入れてから、扉をしめて言った。


「一番良さそうなのを見つけて、持てるだけ持つのよ。いいわね。あんたたちも、やるのよ」


 そう言って、ブールジュは護衛についてきた騎士たちにも言った。ブールジュについてきた騎士ばかりではなく、帝国の騎士にまで「あんたたちもよ」と同じように言う。


 誰がなにを言う間もなく、ブールジュが大きな声で号令をかけた。


「はじめ!」


 みんななぜか、急かされるようにあたりに散った。


 楽しそうにさがし始めたアミアンに、ダラム卿がくっついてゆく。


 ブールジュは、いかにも高そうな瓶があるあたりで、片っ端から騎士たちに一本ずつ持たせていた。


 フランスは、イギリスと一緒に、そのあたりを眺めながら歩いた。


「高そうなお酒がたっぷりね」


 意外と、イギリスが楽しそうな感じで言う。


「帝国では滅多に見ない銘柄もあるな。興味深い」


「帝国にも、こんな感じで、大きな貯蔵庫があるの?」


「ここより大きい」


「へえ、いいわね。あ、スロー酒」


 フランスは、いくつか積まれているスロー酒の瓶をまじまじと見た。


 スロー酒って、安くて庶民的なイメージだけど、高級品もあるのね。


 どんな味かしら。

 持っていこう。


 フランスは、スロー酒の瓶を手に取った。

 イギリスが、横から手を差し出す。


 あ、持ってくれるのかしら。


 フランスは、そっとイギリスの手に瓶をあずけた。

 イギリスが、スロー酒の瓶を見ながら言う。


「スロー酒は、もとは帝国発祥のものだ。これは……、帝国産だな。美味しいかもな」


「へえ、そうだったのね。帝国ではスロー酒ってよく飲まれているの?」


「もともと、領地の境を区切るのに頑丈な生垣としてスローベリーを植えたんだ。それを使って、農民たちがスロー酒をつくり始めた。生活に密着した酒で、よく飲まれている」


「ふうん、とっても、面白い」


 フランスとイギリスがおしゃべりばっかりしていると、アミアンの嬉しそうな声が響いた。


「一番、やばそうなの、見つけました!」


「やるわね、アミアン!」


 ブールジュが嬉しそうな声で答えて、アミアンのもとに走り寄った。アミアンがのぞきこんでいる木箱を、ブールジュものぞきこむ。ブールジュの口から「おー!」と嬉しそうな声が出た。


 フランスも、近づいてのぞき込んでみた。

 木箱の中には、小瓶がいくつもつめこまれている。


「ちいさいわね」


 ブールジュが小瓶をひとつ取って、フランスに渡した。


 フランスは、小瓶に書かれている銘を見て、びっくりして言った。


「エリクサーじゃない‼」


 フランスは思わず、あらためて箱の中をのぞきこんだ。


「こ、こんなに、大量に……! まぼろしだって、言われるくらい、手に入れづらいって聞いたわ」


 手にある小瓶の銘を読み上げる。


「シャルトリューズの植物の霊薬」


 ダラム卿も、ひとつ小瓶を手に持って、感心したように言った。


「幻の万能薬。帝国でも手に入れがたい一品として有名です。こんなに数を仕入れているとは、すごいですね。この近くで、製造でもしているんでしょうか」


 ブールジュが答える。


「それが、誰にも分からないんですよ。お父様も、どこで作られているか調べようと必死みたいだけど、どこでだれが作っているのか、全く謎なんです。教国のどこかで作られているということ以外は」


 うーん。

 素晴らしく、お金の香りがするわ。


 西方大領主も、金の匂いをかぎつけて、ありかを探しているのかもしれない。


 ブールジュがキョロキョロして言った。


「アミアン、そのあたりに、怪しげな袋摘んでない? 砂糖が入っていそうなやつ」


「足元にあります」


 ブールジュがにやっとする。


「それ、ぜったい、最高級品の砂糖よ」


 フランスは思わず聞いた。


「なんで、わかるのよ」


「あんた、このエリクサー飲んだことないの?」


「あるわけないでしょ。こんなとんでもなく貴重なもの」


「こいつは、砂糖と一緒に飲むのが、いいのよ。だから仕入れるときは、必ず一緒に砂糖も仕入れる。料理なんかに使えないほど、高級なやつをね」


 ブールジュは、そう言って、一本のエリクサーをあけた。


 うわ、開けちゃった!

 大丈夫なの、それ。


 フランスの不安をよそに、ブールジュがにやにやした顔で、近くにいた騎士を呼んだ。


「この奥に、備品を置いているところがあるの。人数分のさじをもってきて。あんたたちも含めた人数分だからね」


 何人かの騎士がすぐに、大量のさじをもってくる。


「よしよし、いいわ。ここにいる皆は、全員共犯よ。これは、共犯者のあかしの一杯だからね」


 ブールジュは全員にさじをもたせて、超高級砂糖を袋からひとすくい取らせた。そしてブールジュがそのさじの上に、砂糖がひたひたになるほどに、エリクサーをかける。


 全員に行き渡ったところで、ブールジュが、真剣な顔で言った。


「盗みに、乾杯!」


 フランスは思わず笑った。


 とんでもないわね。


 みんなちょっと戸惑いつつ、「か、乾杯」という声が、ひかえめにちらほらひびいた。


 帝国の騎士たちは、イギリスの様子をうかがっている。

 イギリスが、ひとさじ持ったまま、帝国の騎士たちに向かって言った。


「ひとさじでどうにもならないだろう。飲め」


 騎士たちが、ちょっと嬉しそうな顔をして、エリクサーを口にした。


 フランスも口に入れてみる。


 これは!


 砂糖甘―い!

 エリクサーは……、草―!


 薬草の複雑な香りが、鼻を抜ける。

 これなら、香りだけはイギリスも楽しめるかも。


 イギリスを見ると、ちょうど口に含んだところだった。


「香りだけでもする?」


「うん。複雑な……、草だな」


「よね」


 フランスは笑った。


 そのあとは、ブールジュがてきぱきとそれぞれに酒をもたせて、締めの号令をかけた。


「野郎ども、お宝はいただいたわ。ずらかるわよ!」


「はい、ブールジュ様!」


 なぜか、帝国の騎士からも、同じように返事が飛んだ。



 みんな、一本ずつ好きなのを持っていっていいと言われたからか、今ここでは完全にブールジュが、親分だった。





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 おまけ 他意はない豆知識

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【スロー酒】

スロー酒は、スロー・ジンと呼ばれるリキュールで、イギリス発祥だと言われています。スローベリーの木は非常に強く、領地や牧草地を区切るための生垣として使われていました。生活に密着した家庭的なお酒です。


【シャルトリューズの植物の霊薬】

シャルトリューズは、フランスを代表する薬草系リキュールのひとつであり、『リキュールの女王』と呼ばれるエリクサー(霊薬・万能薬)の一種。

いくつか種類があるのですが、現在でも飲むことができ、かつ原初の製法に近いものが植物の霊薬エリクシル・ヴェジェタルです。スプーンに注いで砂糖を浸して飲みます。




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