第179話 酒を手に入れろ
フランスは広場でのひと騒動を終えて、自分の部屋に戻った。
アミアンとイギリスとダラム卿も一緒だ。
やれやれ。
なんだか、ぐっと疲れたわ。
すると、すぐにブールジュが部屋に飛び込んできた。
ブールジュが大股でフランスに近づき言う。
「フランス、あんたもう一泊していきなさいよ」
「え、そんなことできる?」
「大丈夫、大丈夫。今回の騒動があったから、式典参加者はそれぞれ護衛を増やして、分散して帰ることになったみたい。一度に出発すれば混乱が起きるから、今日発つものと、明日発つものとにわかれるのよ」
「そうなんだ」
ブールジュがてきぱきと言う。
「あんたの名前は、勝手に明日発つほうに変えといたわ」
「え」
「皇帝陛下のもね」
「えっ」
すごい。
なんて、強引な……。
ブールジュはけろっとした顔でつづけた。
「いいでしょ? あんたの教会にはもう早馬も送っておいたわ。帰りが遅れるってね」
「ええっ」
手際が良すぎる。
さらに、ブールジュがつづける。
「それに、あんたのとこの護衛騎士も、診療所に様子を見に行かせたけど、今日一日は安静にした方がいいみたいだったわ」
「えっ!」
そんなところにまで気を配ってくれていたなんて。
とんでもないというか、ありがたいというか。
ブールジュが、てきぱきと言う。
「護衛騎士の子、若いみたいだったし、心配しているかもしれないから、おしゃべりの侍女を使いにやらせたわ。多分こっちの状況なんか全部お喋りしたおしてきてくれるから、安心して」
フランスは、あまりの手際の良さと勢いに、気おされながら答えた。
「あ……あぁ、う、うん、ありがとうブールジュ。何から何まで」
「何言ってるのよ。それよりわたしたち、滅多にないお泊まりの機会よ。やるべきことがあるわ」
やるべきこと……。
本気?
フランスがうかがうようにブールジュと目を合わせると、ブールジュが、当たり前でしょ、みたいな視線を返してくる。
フランスはうなずいた。
そっか。
騒動で、だいぶ様子がおかしくなったけれど、やるべきことは、できるなら、しておかないとね。もう無理かと思っていたけれど、これはチャンスかもしれない。
ブールジュと、お泊りするほど長い時間一緒にいられるなんて、今後どれほどあるか分からない。
もう、二度とないかも……。
大司教ほどの座に着けば、聖女としての仕事以上に、ブールジュは忙しくなる。
後悔しないためにも。
やらなきゃならないことがある!
二人で、手をがっちり握りあってうなずきあう。
近くで様子を見ていたアミアンが、面白がっていそうな声で「おお、はじまりましたね」と言った。
そうよ、はじめないとね。
フランスとブールジュの力強い言葉が重なる。
「飲み会よ!」
「飲み会よ!」
ブールジュは、言うことは言ったとばかりに、手をはなし、扉にむかいながら言う。
「じゃあ、わたし、まだ片付けることあるから、行くわ。夕食が終わったころに来るからね!」
そのまま返事もきかずに、出ていってしまった。
フランスは、息を吸い込んでから、イギリスの方を見た。
「なんだか、ごめんなさい。勝手に、いろいろ……、あんな感じで……」
ダラム卿がくすくす笑いながら言った。
「いいんじゃないですか。城内の護衛も今や、ネズミ一匹自由に出入りできなさそうな雰囲気ですし。もともと、帰りの日程は余裕を持たせていましたから、問題ありません。それに、実はブールジュ聖女から事前に確認をいただいておりました」
いつのまに……。
フランスはほっとして、あらためてイギリスを見た。
イギリスもうなずいて言う。
「いちいち襲われたのを気にしていたら何もできない。好きにしろ」
*
夕食が終わったころ、予告通り、ブールジュがフランスの部屋にやってきた。
「わたしの部屋に、つまめるものを用意させたから、そっちで飲みましょ」
フランスがうなずいて立ち上がると、ブールジュがまわりに目をやって言う。
「イギリス陛下とダラム卿も、ご一緒にいかがですか? 人数分用意させたのですが」
ダラム卿がにっこりと答える。
「お誘いいただけるとは光栄です。ぜひ、ご一緒させてください。陛下も。ね?」
ダラム卿にふられて、イギリスがうなずく。
ブールジュがアミアンに、笑顔を向けて言った。
「あんたは、もちろん来るのよ」
「もちろん、行きます」
ブールジュとふたりで飲むと思っていたのに、これは大所帯ね。
楽しみ。
みんなで、ブールジュのあとについてゆく。
ブールジュがどんどん迷いなく進んでいくが、どうも様子がおかしい。入り組んだ城の中を、どんどん降りてゆく。
これ、もう地下じゃない?
「ブールジュ、あなたの部屋、地下にあるの?」
「ばかね、そんなわけないでしょ」
「じゃあ一体どこに向かっているのよ」
「酒をとりにいくのよ」
「酒を? つまみは用意させたのに、酒は自分で取りに行くのね」
変なの。
ブールジュが、フランスのほうにニヤリとした悪そうな顔を向けて言った。
「使用人たちが勝手に持ち出したら、処罰ものだからね。お父様の隠している、良い酒」
フランスは思わず。大きめの声で言った。
「えっ‼ 盗むの⁉」
ブールジュが、嬉しそうな顔をした。
悪魔みたいな顔つきで。
うそでしょ。
帝国の皇帝まで引き連れて、今から盗みを働くの⁉




