第178話 赤い竜の尋問
お~。
フランスは、手をかざして目を細め、空を見上げた。
まわりの者たちも、みな同じようにしている。
イギリスが罪人の男をつかんだまま、勢いよく空に向かって飛び上がったからだ。
赤い竜は大きな翼で空をつかみ、ぐんぐんと高くのぼってゆく。あっという間に赤い竜の姿が小さくなった。
どうするつもりかしら。
すると、上から何か音が聞こえた。
ん?
何の音?
しばらくすると、何かが降ってくるのが見える。
人だ。
人が空から落ちてきていた。
えっ。
あれ、罪人の男⁉
男が、高い声で叫びながら落ちてくる。だんだん、叫び声がはっきりと聞こえるようになった。
えっ!
地面にぶつかっちゃう‼
フランスは怖くなって、ブールジュの腕をぎゅっとつかんだ。
すると、赤い竜が羽をたたんで、まっすぐに急降下してくる姿が男の向こうに見えた。
罪人の男が地上に近づき、その悲鳴が最大になったあたりで、赤い竜が、男をすくい上げるようにしてつかみ、また上空にもどってゆく。
男の悲鳴が、むなしく空に遠のいていった。
ええ。
……こわ。
その後、赤い竜は三度おなじことをくりかえした。
罪人の男の声が、地上に近づいては遠ざかってゆく。繰り返すたびに、男がすくいあげられる位置が、地上すれすれに近づいていた。
その、とんでもない急上昇、急降下を終えて、赤い竜は広場の真ん中に男をおろした。
赤い竜の姿がほどけて、帝国の皇帝の姿にかわる。
罪人の男は、皇帝の足元に、はいつくばるようにして泣いていた。
イギリスが、落ち着いた声で言った。
「さて、わたしはあと何度でも、うっかりと失敗するまで、この遊びをつづけられるが、きみが知っている者の名を言えば、この遊びはやめてもいい」
男は泣きながら、でも言うのをためらっているようだった。
「ふむ、ではこうしよう。もし、今、知っている者の名を言えば、シャルトル教皇にわたしから頼んでやろう。きみに恩赦を与えるようにと」
男が泣くのをやめて、うかがうようにイギリスの顔と、シャルトル教皇の姿を見たようだった。
シャルトル教皇がにっこりと言う。
「イギリス陛下にたのまれては、ことわれませんね」
すると、男は、ぽつりぽつりと、いくつかの名前を言った。
あたりが、ざわつく。
教国の東側の貴族の名前がいくつかあった。
教会にやってきて、フランスの腰に手をまわした男の名もあった。
まあ……。
こんなところで、また、名前を聞くことになるなんてね。
その後はあっけなかった。
シャルトル教皇が、この件に関する調査を、教皇直属の騎士団で行うと、帝国の皇帝に約束する、という形で決着をつけ、解散が指示された。
結局、すべて、シャルトル教皇の手の内に戻った感じがある。
聖下、すてき。
みんなが解散してゆく中、シャルトル教皇とイギリスがまた、ふたりで何事か話しているようだった。
ひとりの騎士が近づいてきて、フランスに向かって言った。
「聖女フランス様、聖下がお呼びです」
まあ、なにかしら。
フランスはブールジュに向かって急いで言った。
「また、あとで会える?」
「様子を見て、あんたのとこ行くわ」
「うん、じゃあ、あとでね」
「うん」
フランスがシャルトル教皇のもとに行くと、彼はやさしい微笑で手を差し出す。フランスはその手に、自分の手をのせて言った。
「聖下、お呼びでしょうか」
手をひかれて、シャルトル教皇の近くに立つ。
「昨夜は、おそろしい思いをしたでしょうね。侍女が行方不明になって、護衛騎士も負傷したとか」
「はい。おそろしいことです」
「男をとらえたのは、あなたの侍女の手柄です。あとで、褒美をおくらせましょう」
まあ、なんてお優しいのかしら。
普通は、侍女の手柄なんて、誰も気にしないのに。
「お心遣い、ありがとうございます聖下」
「それと、あなたが教会へもどる道中には、こちらの騎士団から護衛をつけましょう」
そこにイギリスが口をはさんだ。
「それは、不要だ。彼女のことは、わたしと帝国の騎士団が護衛する」
シャルトルブルーの瞳が、まっすぐにイギリスに向けられた。
内まで見透かすようなその瞳で、じっとイギリスのことを見つめている。
シャルトル教皇は、落ち着いた声で、だが、はっきりと言い聞かせるような強さを含んだ調子で言った。
「はっきりと申し上げます。フランスは、聖女だ。これが、何を意味するか、もちろんご存知でしょう? 聖女は主の女。彼女が望むと望まざるとに関わらず、教国ではフランスは聖なるものとしての振る舞いを国中から求められる」
「……そうだろうな」
「あなたが、軽々しくも、男女の情などを持ち込み、弄ぶようなことをすれば、彼女は心だけならず、その地位までも傷つけられることになる」
フランスは、シャルトル教皇のあまりに真っ直ぐな言葉におそろしくなった。
言葉にしにくいことも、聖下はすべて言葉にする力をお持ちなのね。
それにこれは、ただイギリスに対する言葉ではない。フランスの気持ちをも、戒める言葉のように聞こえた。それだけでなく、フランスを守ろうとする誠実な言葉にも聞こえる。
シャルトル教皇が、フランスの手を握る力を、すこし強めて、イギリスに向かって言った。
「聖女フランスは、わたしにとって、聖女である以上に大切な人です。それを、どんな理由で、あなたに護衛を任せられますか?」
彼の言葉は、責めるようではなく、ただ、純粋に問いかけるようだった。
イギリスが、すこししてから言った。
「わたしは、聖女フランスからなにも奪うつもりはない。帝国の皇帝の名にかけて、彼女のことを、傷つけないと誓う」
フランスは、じっと見つめ合っているふたりの男に、交互に目をやった。
これって……。
どういう、かんじ?
シャルトル教皇が、しばらくして、表情をにこやかに変え、言った。
「イギリス陛下の、思いやりによる護衛の申し出に感謝いたします。教会までの道中、どうぞフランスをよろしくお願いいたします」
「ああ」
「陛下が、聖女のことも、教国との関係も、大事にしてくださると信じております」
「……」
「では、フランス、また」
「はい、聖下」
シャルトル教皇が、フランスのあごに手をそえるようにして頬にキスした。
キスされながら、イギリスと目が合う。
こんなに気まずいことある?




