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第177話 聖下♡ & 赤い竜

 フランスが、思ってもみなかった自分の強力な後ろ盾に思いをはせつつ、なんとなく、ぼーっとした心もちでイギリスを見つめていると、動きがあった。


 シャルトル教皇が、にこやかにイギリスに近づいて、何か話しかけたようだった。


 シャルトル教皇のまわりでは、体格の良い教皇直属の騎士たちが威圧的な雰囲気を放っている。対して、イギリスのほうも、教国の騎士たちが近づいたからか、帝国の騎士団が、すこし前に出るようにして、イギリスのうしろで威圧的な雰囲気を漂わせている。


 ブールジュが、フランスのとなりで、面白がっていそうな声でいう。


「おお、なに、なに、喧嘩でも売りに行くわけ~」


「そんなわけないでしょ」


 シャルトル教皇が、かなりイギリスに近づいて、おだやかな表情で何かイギリスに話しかけている。まるで親密に思えるほど近い距離で話しかけていた。


 内緒話かしら。

 教皇と、皇帝で?


 想像つかないけど……。


 すると、シャルトル教皇と、イギリスが、フランスのほうに視線をよこしてきた。ふたりとも、何やらフランスのことを見ながら、話している。


 ブールジュが、ぽつりと言う。


「あんたのこと、話してそうね」


 フランスは思わず言った。


「あのふたりで? ちょっと、こわくない?」


「いや、こわいわよ。あんたの後ろ盾力の成長の仕方がこわすぎるわよ」


 ブールジュが大きいため息をついてから、続けて言う。


「なんで後ろ盾レースの最後尾から、急に最前列に躍り出るのよ」


「……わたしにも、なんでこうなったのか」


 フランスも大きめのため息をつく。


 すると、シャルトル教皇が、にっこりと微笑んで手を振って来た。

 フランスは、思わず、自分を指さして確認した。


 シャルトル教皇が手を振りながらうなずく。


 聖下が、わたしに、手を振ってくださっている⁉



 尊いッ‼



 フランスは全力でふり返した。


 ブールジュが、フランスに視線を向けて、冷たく言った。


「きも」


 なんとでも言って。


 あの、尊い笑顔!

 あの尊い仕草‼


 今この瞬間を姿絵にして手に入れられるのなら、わたしの持つ全ての財をつぎこむわ。


 そんなのないけど。


 いえ、馬車馬のごとく働いてでも、借金してでも買うわ!


 シャルトル教皇との手の振りあいが終わると、イギリスがこちらを睨んでいることに気づいた。


 うわ。

 すっごい顔してるわね。


 イギリスは、とんでもない仏頂面のまま、フランスに手を振って来た。


 その顔で、手を振るのやめてくれない?

 こわいわ。


 フランスは、ぎこちなくふり返しておいた。


 その様子を見てか、シャルトル教皇が、にこやかに何かイギリスに話しかけて、イギリスの眉間の皺がさらに増えたようだった。


 ほんと、何の話をしてるのよ……。


 しばらくすると、西方大領主の一声で、公開尋問が行われることになった。


 西方大司教が、縄でしばられている男の前に進み出て、罪状を読み上げる。教国において、傷つけることが禁じられている聖女を狙ったことが、罪とされるようだった。


 西方大司教が、用意されていた質問を読み上げるたびに、罪人とされた男は「知らない」と答え続けた。


 尋問は、それだけだった。


 フランスは、ブールジュにだけ聞こえるほどの小さい声で言った。


「あからさまに、答えを聞きだしてやろうという感じがないわね」


「尋問ってなんだっけ、ってかんじね」


 このまま尋問が終われば、帝国の武器を使った侵入者が聖女を傷つけようとした、という事実だけが残る。


 それでは、今後イギリスとフランスが公式に会うことは、ほとんど、いや完全になくなるかもしれない。教国にとって、聖女は得がたい財産だ。危険を呼び寄せる者をそばには置いておかない。


 西方大司教は、あっさりと用意されていた質問を読み上げ終わり、「それでは」と先へ進めようとした。


 そのとき、イギリスの良く通る声がした。


「待て」


 すべての目が、イギリスに注がれる。

 イギリスは尊大な様子でつづけて言った。


「侵入者が帝国の武器を使用したということは、その者は帝国の者だという可能性もある」


 西方大領主が遠慮気味に答える。


「はい、そのように考えられます」


「では、これは、帝国の問題でもある。この者に尋問を行う権利は、もちろんわたしにもある。そうだな?」


 西方大司教は答えなかった。


 都合が悪いってことね。


 周囲の視線は自然とシャルトル教皇に集まったようだった。この場で、皇帝に答えられるものは、彼以外にいない。


 シャルトル教皇は、優雅に微笑み、なんてことない様子で言った。


「もちろん、ございます」


 西方大司教と西方大領主は、顔を見合わせているようだった。


 シャルトル教皇が、こんなにすんなり認めるとは思わなかった、という雰囲気かしら。


 イギリスが、西方大司教と入れかわり、罪人の男の前に立つ。彼は、きわめて落ち着いた声で言った。


「帝国の皇帝であるわたしが、きみに求めることはひとつだけだ。今回の作戦に関係のあるものの名前をすべて言え。……それだけだ」


 男は答えない。


 するとたちまちイギリスが赤い竜の姿に変わった。

 周囲から、おそれるような声が上がる。


 イギリスは、赤い竜の姿で、威嚇するように罪人の男に向かって吼えた。



 それは、腹のそこに響くような、恐怖を腹から持ち上げるような、おそろしいひびきだった。



 周囲から悲鳴が上がる。


 赤い竜は片方の前脚で罪人を地に押し付けるようにしたあと、罪人をその場につなぎとめている鎖を、反対の前脚でいとも簡単に壊してしまった。まるで柔らかいものを簡単にちぎるようにして。


 その状態で、イギリスがさらに大きな声で吠えながら、尾を地に打ちつける。


 あたりが大きくぐらぐらと揺れた。

 そこかしこから大きな悲鳴が上がる。


 フランスは大きな恐怖の波を感じた。



 戦争で追い立てられて逃げるときのように、おそろしい気持ちがあたりに充満している。





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